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ユートピアの亡霊  作者: サンファイト
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亡霊の信託

「…っ!!」


心臓が跳ねた。


アドミニストレータが表示する映像には、焦燥しきったアリサの母親と思われる人物がインタビューを受けていた。



「私の大切な娘は、8年前に突如として命を奪われました。それも理不尽な通り魔によってです。いくら願っても私の娘はもう帰ってきませんが、私はこのシステムが本当に世界の平和、犯罪の根絶を叶えてくれる。そう思っています」


アリサの母親は現世で、システム導入計画の中心人物として活動していた。



私の愛した人たちが、自分の作った兵器を使おうとしている。


その時、私の心の奥底で無の感情の中から強い焦りを感じた。


「だめだ。これ以上私の愛する人たちを悲しませたくない…!!」


この感情さえピース・メーカーによって浄化されそうになったが、心の底から湧き上がる感情に対しては処理が遅れるらしい。


これも偶然の発見だったがこれは使えると確信した。


幸いにもこの焦燥が私を強く突き動かした。



(一旦落ち着こう。必ず現世に私の意識を送る方法はあるはず。行き詰った時こそシンプルに考えよう)


私は記憶にあるすべての会話・情報と研究で得た膨大な知識を用いて、かつシンプルに思考を巡らせた。


「.........」


(あるじゃないか...むしろ備え付けで!)


私はこの時、この天国の構造を思い出した。


確かにアドミニストレータはあの時、この場所をこう表現した。


「現世から絶えず無念やネガティブな感情が一方通行で流れてきており、その無念を叶えるための場所」だと。


この世界は、現世の負の感情を受け止める“受信側”なのだ。


ならば、その流れを逆にできれば、何かを“現世へ”送れるかもしれない。


(まず、私が意識を向けるべきは現世ではなく、天国のどこかにある、現世の負のエネルギーが流れ込んでいる一方通行のシステム。そこに私の意識を集中させる)


だが、問題がひとつあった。


ピース・メーカーが、感情を即座に浄化してしまうことだ。


負の感情を使う前に、システムがそれを奪ってしまう。


けれど、私は知っていた。


ピース・メーカーには大きな欠陥があるのだ。


表面的な怒りや悲しみはすぐに消されるが、心の奥から湧き上がる感情までは、処理が追いつかない。


私は抵抗を続ける中で、それを感じ取っていた。


さらに、量子システムにはもう一つの弱点がある。


予期しない方向からの、強すぎるエネルギーには耐えられない。


私はその知識を、最後の賭けに使うつもりだった。


(大量の負の感情を、一気に一方通行のシステムに送り込む。そうすればピース・メーカーの干渉を受けず、システムそのものを逆流させられるかもしれない)


今この状況においては、その類の感情エネルギーは放出してもしきれないほどに、私の心の奥深くで氾濫している。



「…今度こそ、できる」



意識すればするほど無限にあふれ出す、悲しみ、怒り、後悔、絶望、無力さ。


アドミニストレータが私の意識レベルの上昇を感じ取り、警告を始めるが、私にはもはや何も聞こえなかった。


大切な親友を失ったあの時

命を懸けて作り上げたシステムがみんなに嘲笑されたあの時

志半ばで道が絶たれたあの時

私が作ったシステムでは本当の平和は訪れないと知ったあの時


(全部、思い出せ。そして全部、解き放て…!)




「ッ――――――――――――!!!!!!」




私の内側から、黒い奔流のようなエネルギーがあふれ出した。


ピース・メーカーの干渉をものともせず、感情が“どこか”へ吸い込まれていく。


それはピース・メーカーに無理やり浄化された時とは全く違うものだった。


(逆流してる…!?)


直感的にそう感じた。


(今ならいける!!)


奔流の中に、私のメッセージを添える。


――私の研究室のタブレットへ。


どうか、届いて。誰か、気づいて。




「…………」




私はありったけの意識を使い切り、その場に倒れ込んだ。



「あとはお願い..」


私は心なしか少し微笑んでいた。


直感だったが、手ごたえを感じられた。


(やっぱり、この天国には現世とつながるパイプが存在していたのだろう)



しかし、ノイズ交じりの機械音声が私にこう告げる


「フウカ、あなたが大量の意識を消費したため、この天国はその維持機能を失い、自壊を始めます。」



そしてその言葉の通り、この場所は少しづつ崩壊を始めた。


それはつまり、私に残されたタイムリミット。


現世での計画中止を見届けるのが先か、それともその前に私がこの天国ごと消え去るのが先か。


それ以上は考えるのをやめよう。私ができることはすべてやった。


崩壊が始まったと言っても、ここでの時間は長く重い。まだ時間的な余裕はありそうだ。


「-------」


残された時間で私は思い出を整理することにした。


小学生の時の夢はなんだったかな…


本が好きだったのは覚えてるから、本を書く仕事か絵本を作る仕事だったかな。


中学以降のことはむしろあまり鮮明に覚えていない。


日夜、あの忌々しいシステムを作るために奔走していたし、あまり睡眠もとれていなかったのかもしれない。

人の記憶はやっぱり睡眠によって定着する…睡眠は大事だ。


そういえば、今あの研究室に出入りしているのも数名だけになったかな。


私は数日前のことをずいぶん昔のことのように思い出す。


かつて私は、研究室で十数名の仲間とともに研究をしてきた。


しかし私がピース・メーカーの論文を発表するや否や、そこに姿を現すものが突如として減り始めた。というのも、あの研究室ではピース・メーカーのバックドアを作るための量子コンピューティングに関する研究をしていただけであった。


なのでほかの研究員と私の研究テーマ自体が違っていたのだ。


そのようなこともあって、あの一件以降、私は少し周りの人間から避けられていた。


おそらくはみんな、私の論文の危険さに薄々気が付いていたのだろうか。


厄介ごとに巻き込まれる前にみんな私の前から姿を消していった。


「私のせいでみんなの居心地を悪くしちゃったかな」



そんな中、私の論文に賛同するでもなかったが、決して研究室を離れなかった者がいた。


不思議な研究仲間だったけど、面白い後輩だった。


私にまぶしいほどの尊敬のまなざしを向けて、私が研究室に来れば必ず姿を現す。


私が世間からの猛烈な批判を浴びている中、彼だけは私のことを心配してくれて、何度も連絡を入れてくれていた。


そんな気遣いのできる後輩の連絡さえも返信できずに、ここに来てしまったことに少しの後悔を覚えた。


彼の名前は東雲アサヒ。




「システム起動実行まであと4日」


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