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ユートピアの亡霊  作者: サンファイト
3/11

私は出来の悪い研究者

「私はこのシステムを止めなければ」


「それは不可能です。この場所を破壊してしまえば、あなたの意識は消え去り、アリサ様とのつながりを持つことも永遠に不可能になってしまいます。」


予期せぬアドミニストレータの言葉に私は躊躇する。


アリサに謝りたいという気持ちは、私の心の中にずっとあるものだった。


できることなら何に代えても謝りたい。


アドミニストレータはその私の感情の揺らぎを読み取ったかのようにこう続ける。


「加えて、フウカ様が作り上げたピース・メーカーは開発者でさえ止めることのできない不可逆的なシステムになっているはずです。」


しかし私は、アドミニストレータのその言葉に違和感を覚えた。


私は知っている。私の作ったピース・メーカーが不可逆的なのはそれ自体が完璧だからではない。


このシステムが不可逆的な構造になっているのは、このシステムによって管理されるすべての魂が、この平和を正しいと信じているからだ。


そして同時に、これはこの状況を打破する重要なカギになると感じた。


私はモニターに映し出された私の理想郷を見渡した。


永遠の平穏に飼い慣らされた魂たち、彼らはもう抵抗することを忘れてしまっている。


「ねぇ、現世でのシステム導入はいつ?」


「約1週間後です。」


たった1週間、私に残された時間は自分の傲慢な理想郷を打ち破るにはあまりにも短い。


それでもやるしかないのだ。


「私は現世の人たちにこのシステムがどれだけ虚しくて悲しいものか伝えなければならない」


アドミニストレータは、語気を強めて私の言葉に反論した。


「それは危険です。死後の世界から現世へ干渉することは時間と空間の連続性を乱す危険があり、この天国は消滅する可能性があります。」


「私の理想郷など元から無かったのよ!私はかつての過ちを正すだけよ」


アリサと再び繋がれる機会を失うことは、死ぬこと以上に苦しいことだったが、私が今天秤にかけているのは、現世に生きる人々すべての感情の自由だ。


迷っている暇はなかった。



システムに自己破壊を促す。


現世でのシステム導入計画が始まっているのならば、これを止める方法はただ一つ。


このシステムは個人の感情全てを監視し、犯罪の芽を摘むシステムだが、監視される個々人がこのシステムに対して嫌悪感を抱いている場合、このシステムは起動せず、自己破壊を行う。


監視対象がそのような感情を最初から抱いていると、感情の管理が困難になるためだ。


それがこのシステムに搭載された唯一のバックドアだった。


私は個人の自由を抑圧するシステムを作っておきながら、心のどこかでは、止められる可能性を残したかったのかもしれない。



問題は、どのようにしてこのシステムの危険性や脆弱性を現世で生きる人間に伝えるか、だ。



私が生前に取り組んでいたのは、量子コンピューティングを使った意識の転送実験だ。意識を「脳に閉じ込められた電気信号」ではなく、「空間をまたぐ情報」として扱えないか。世間ではテレパシーと揶揄されたが、私にとっては人と人をつなぐ、もうひとつの通信技術だった。


それはただの理論にすぎなかったが、今の私にはこれしか残されていないような気がした。


これを実行するには想像を絶するほどの集中力が必要だった。が、やるしかない。


そう覚悟を決め、私はゆっくりと目を閉じ、脳と心の身に意識を集中する。



「フウカ、今すぐやめてください。あなたの行為はあなたの意識を大量に消費し、この場所を破壊させることになります。」



それから、私はアドミニストレータの声も聞こえないほど、意識を一点集中させた。


私は、自身の意識を量子的なメッセージへと変換し始めた。


計画としては、私のメッセージを、生前使っていた研究室のタブレットへと転送するというものだった。


そのタブレットには研究に関する様々な情報が保存されていたので、今でも誰かが使い続けている可能性が高かったからだ。


そして意識を最大限に高める。


「!!!!!!!!!」



白い光の空間に、一瞬青白いノイズが迸った。


全身が激しく揺さぶられる。死後の世界と現世を無理やり繋ごうとするのだ、私のかかる負荷は途方もないものだった。


アドミニストレータが何かを言うが、私には何も聞こえない。



突如、思考の回路が悲鳴を上げショートする。私の意識は飛ぶような感覚がした。


幸か不幸か、私は既に死んでいるので意識が飛ぶことはなかった。




(これは…失敗だ)


それは直感で分かった。


この天国から現世に何かを送るということは、それほどまでに無謀なことだった。



私は自分の罪深さと無力さを痛感した。


「私はどこまで出来の悪い研究者なのだ…」


視界が涙でぼやける。


生前、もっとこの研究に時間を費やしていれば、と。


絶望に打ちひしがれた私にとどめを刺すかのように、アドミニストレータはこう告げた。


「フウカの感情から悲しみと絶望の感情が検出されました。ただいまからピース・メーカーによりフウカの感情の浄化を開始します。拒否権はありません。」


その言葉と同時に私の意識全体に温かくも無機質なものが流れ込んでくる感覚があった。


荒んだ心が静かに洗い流されていくような、ぞっとする感覚だった。


「私の感情に触らないで…」


しかしそれは止まらない。


少しずつ、少しずつ、私の心の中の負の感情を取り除き、浄化していく。


心の奥から感情が削がれていく。


泣きたいのに涙が出ない。怒りたいのに力が入らない。


悲しみの輪郭が徐々に薄れていく。怒りの熱が無害なエネルギーとなって体を少し火照らす。


そうして私は、皮肉にもピース・メーカーを身をもって体験した。




「----------------」




無駄とはわかりつつもピース・メーカーの感情への干渉に抵抗しているうちに、タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。


この時点で既に3日くらいは経過してしまっているだろうか。


普通、人間が何もできない状況で3日も過ごしていると大抵は精神が崩壊し始めるが、しかしここではそれが起こらないのだ。


「これもアレのせいか」


無気力にボソッと呟く。


(何もしていないのに心身は疲弊しきっている。行動を起こしたいのにその気力さえ湧かない)



この世界では随時、アドミニストレータが現世でのピース・メーカーに関する最新のニュースを読み上げる。


今回のニュースはシステムの導入可能性がさらに増しているというものだった。


そしてその中で聞き覚えのある名前を耳にした。


システム導入計画のリーダーの名前がアリサの母親だったのだ。


「…っ!!」


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