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ユートピアの亡霊  作者: サンファイト
2/11

決意の亡霊

「あぁ、死んだんだね」


頭ではわかっていたが、この空間を通して私は死んだことを実感した。しかし、不思議なことに、死ぬ直前までの記憶がすべてある。


「フウカ様、お目覚めですか?」


どこからともなく聞こえる機械っぽい声。


「えぇ…と」


驚きのあまり、まともに返事をできずにいると、その声は続けて話しかける。


「はじめまして、私はアドミニストレータと申します。ここはフウカ様の天国です。ここは、フウカ様が現世で達成できなかった無念を叶え、満たすための場所です。この場所はフウカ様の意識によって成り立っています。意識レベルが低くなると、この場所の維持が難しくなるのでご注意ください。心配せずとも、意識はすぐにはなくなりませんのでご安心ください。」


その機械音声はとめどなく、説明を続けた。


私はそれを理解するのに必死だった。


「また、この天国には、現世から絶えず無念やネガティブな感情が一方通行で流れ込んでいます。特に、亡くなった方が生前愛着を持っていたモノや場所に残された念は強く吸収され、この天国に色濃く反映され続けます。」


(なるほど...)


「フウカ様の最大の無念は、ピース・メーカーの導入が実現されなかったことです。そのため、この天国ではピース・メーカーが仮想的に稼働している世界をご用意しました。フウカ様はこの世界を自由に観察、あるいは体験していただけます。」


この世界では私が心から願ったピース・メーカーがこの世界ではすでに導入されているというのだ。


普段は感情を表に出さないタイプであった私でもさすがに喜びを隠しきれなかった。


私は興奮気味に聞く。


「それ本当?ぜひその様子を一目見せてもらいたいんだけど」


「もちろんです。」


その直後、私が立っている空間に、いくつものモニターが出現した。


そこには私の理想郷で生きる人々が映し出されていて、私は食い入るように画面を見つめた。



広大で、とてもきれいな街。人々は、だれもが静かに、穏やかに微笑みながら、互いを尊重しあって暮らしている。そこに争いの影はなく、ただ優しい時間が流れている。


監視と管理の理想郷。行動、感情のすべてが把握され犯罪の要素が微塵もない、正しい世界。


「すごい…」


無意識に唇から声が漏れる。


私の人生を捧げた理想がそこにはある。


私は安堵したような、誇らしいような、いろんな感情が入り混じる中でその世界を見つめた。


現世で感じたのは、辛く重たく、悲しい雰囲気をまとう感情の数々。


それがこの世界には一切ない。誰もが不幸な感情に虐げられない、素晴らしい世界。


こんなにも充実感に満たされたのは初めてだった。


「ずっと眺めていたい」



しばらくしてアドミニストレータは再び天国の説明を始めた。


「さらにこの天国では、過去にフウカ様が現世で一緒に過ごした方と、意識的なつながりを持てる機能も存在します。」


「どいうこと?」


「すでに亡くなってしまった方ともこの場では意思疎通が可能になるということです。」


私は驚いたと同時に、ある人物の顔が脳裏に浮かぶ。アリサだった。


このシステムを作るきっかけとなった私の親友だ。


私はあの日のことを謝りたいとずっと思っていた。


あの日、私が筆箱を教室に置き忘れていなければ、アリサはあんな事件に巻き込まれずに済んだのに。



「それは今すぐできるの?アリサ!月白アリサと繋げてほしい!!」


私は矢継ぎ早に尋ねるが、アドミニストレータは冷静に返す。


「今すぐには不可能ですが、もう少し時間が経てばその機能もお使い頂けます。」


残念だ。ここで言う、もう少しがどのくらいなのかは見当がつかないが、できないものは仕方ないので待つことにした。



この場所での少しの時間と、現世での少しに乖離はあるのだろうか。


そんなことを考えつつ、私は再び目の前に広がる理想郷を見渡した。



どれほどの間、それを眺めていただろうか。私はふとした瞬間、心の中に靄がかかったような、奇妙な違和感を覚えた。


(なんだろう…)


確かにこの仮想世界は正常に稼働するピース・メーカーのおかげで犯罪は完全に抑制されていて、人々はみな穏やかに暮らしている。


しかし、その表情には驚きや情熱といった感情の熱が感じられないような気がした。


まるで全員が、能面のような、意図的につくられた笑顔を張り付けているように見えた。


その違和感は少しずつ大きくなっていく。


「この世界は何かが変だよ」


私は呆然としつつ、ふいに言葉を漏らす。アドミニストレータはそれに対して即座に反応する。



「フウカ様が望んだとおり、ピース・メーカーは完璧に稼働しています。」


その無機質なアドミニストレータの声で私は我に返る。


「私が望んだ通り?私はこんなシステムを設計した覚えはないんだけど…」


私が今見た世界には確かに犯罪が一切存在しない。だが、そこには生きることへの喜びが一切なかった。


すべてが制御されて、すべてが平準化されている。


アドミニストレータは回答を淡々と読みあげる。


「フウカ様の論文の中にある、完全な平和の実現のためには、個人の自由な感情を制限しなければならない。これはあなたがピース・メーカーの設計書の核となる部分です。犯罪や不幸は、個人の感情の波からうまれるものだと定義されています。よって、このシステムは、すべての波を打ち消すように作られております。」


さらにアドミニストレータは数枚のモニターを拡大した


「この世界の住人の幸福度は高い水準で保たれています。悲しみは即座に緩和され、怒りの感情は無害化され、自己修正へのエネルギーになります。欲求不満は事前に予測されシステムによって満たされるか、あるいは意識から消去されます。誰もが穏やかに過ごすことができ、争いは一切存在しません。」


そこには公園で走り回り遊ぶ子供、ベンチに座り読書をする老人、道端で虫眼鏡を片手に何かを研究している若者の姿があった。一見すると皆のんびりと、あるいは自由にその時を過ごしている。


しかしそれと同時に、全員が生きるロボットのように見えた。


(子供の笑みには無邪気さがない、ベンチの老人はただ、淡々と作業のように本をめくっている、あの研究者の目には情熱がない、ただ、システムが最良の状態と定めたデータ通りの動作をしているだけだ)


そんな私の動揺している心を読むかのようにアドミニストレータはこう告げる。


「これはシステムが正常に動作している証です。無邪気さは予期せぬ事故や危険な探求心を招きかねません。情熱は時には制御不能な野心や、競争心から争いを生む可能性もあります。」


アドミニストレータは淡々と続ける。


「フウカ様は現世では理不尽な不幸のない世界を望みました。理不尽な不幸の源は予測不可能な個人の感情の波です。波のない世界に不幸は存在しません。」


膝の力が一気に抜けた。


その感覚はあの日のような、大切な何かを失ったようなものに近かった。


それと同時に私は、自分が作りたかった平和な世界がただの無感情な世界だったことを突き付けられた。


「私が、私がこんなものを」


私が追い求めたのは温かい平和だったはずだ。理不尽な暴力におびえることなく、だれもが心から笑える世界、安心して暮らせる世界。


しかし今私が見た世界は感情を去勢された魂が、ただ静かに永遠の時間を過ごすだけの、巨大な霊安室だった。


その時ふと私は思い出した。


生前、自分の手で自分の命を絶った瞬間、苦しみながらもあの瞬間に感じたあの感情を。


システムが認められなかったことへの奇妙な安堵感。


あれは私が無意識のうちに、この無感動な世界が持つ予兆に怯えていたからかもしれない。


私は震える声を何とか抑えて尋ねた。


「ここは、本当に私の天国なのか?」


「その通りです。そしてこのフウカ様の天国は、フウカ様が亡くなる直前に、無意識にもっとも強く願った理不尽な不幸のない世界とそれに基づいて設計されたピース・メーカーをもとに設計されました。」


私の脳裏に、システム作りに奔走する自身の姿がかすかに蘇る。


しかし、私はあることを思い出した。


システムが現実世界で導入されていないことが、私の無念を具現化した天国を作ったのだ。


つまり、この世界は現実世界とは乖離があるのだ。


「そうだよね、現世では全部否定されちゃったもんね」


そう考えると、安心してふとそんなことを口にした。


ここだけの話なら、大した問題でもなかった。


「いいえ。」


しかしアドミニストレータの短くも、端的な回答が私の心臓を刺す。


アドミニストレータは私の心を読むように、まさにピース・メーカーのように私の感情や思考を理解し、現実を突きつけた。


「フウカ様が亡くなった後、現世では政府機関によってピース・メーカーの導入が秘密裏に進められています。政府は増加する凶悪犯罪への対処に疲弊しきっているのため、このシステムが導入されるのも時間の問題です。」


希望は、儚くも打ち砕かれる。


「この魂をも殺してしまうシステムが現世でも稼働する…」


しかし、私にはどうすることもできなかった。


そう思うと突然すべてがどうでもよくなる。


「結局私ってもう死んでるし、現世のことを心配しても意味ないよね」


そう口に出してみたものの、心の中では否定的だった。


頭の中で思考がぶつかり合う。


(何のための研究だったんだ、みんなを幸せにするためだ。このシステムの欠陥を知っているのは私ただ一人。私が止めなきゃどうするの。ここで諦めたら私は人々を皆殺しにするのと同じだ)


答えは一つだった。


私の心に、激しい後悔とそれを上回る強烈な使命感が湧き上がってきた。


この無感動な世界が、現世に導入されることだけは、何としてでも食い止めなければならない。


(私は自分の理想郷を自分の手で破壊するしかない)


私は白い光に満ちたその空間で、自らがかつて追い求めた世界の、亡霊となることを決意した。



「私はこのシステムを止めなければ」


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