実感
「------------------」
俺はあの日から、あわただしい日々を送っていた。
青島記者から連絡が入る。あの人からの連絡は何となく久しい感じがした。
青島記者とはシステム導入の無期延期が発表された日、祝福の言葉を貰った以来だった。
実際は1週間も経っていなかったのだが。
「システム導入を阻止した功労者として取材をさせてほしい」
俺は待ってました、と言わんばかりに二つ返事で快諾した。
青島記者が俺を誘うよりも前に、メディア各社からの取材の依頼はあったものの、すべて断っていた。
これはお世話になった新聞社への僅かばかりの恩返しのつもりだった。
「--------------」
その取材は2時間以上にも及ぶ長丁場になった。
俺はその中でありとあらゆることを話した。
映像は突如タブレットが受信したメッセージをもとに生成したものだということや、俺はそのメッセージが先輩からのものだと信じていること、実はピース・メーカーには開発者が仕込んだバックドアがあり、今回はそれが起動したことなど、先輩との出会いから、今の活動に至るまでの経緯をすべてさらけ出した。
正直2時間でも話し足りないくらい、ここ数か月の俺の人生は濃いものだった。
最後に俺はある人物と対談することになった。
『月白澪』 それがこの取材の締である対談の相手だった。
月白澪は月白アリサの母親で、システム導入計画の中心人物、いわば俺の敵にあたる人物だった。
今はシステムが自己破壊を起こしたと思われるので、この件での対立関係は終わったと考えてもいいのだが、何せ俺はこの日との希望を打ち砕いた人間だといっても過言ではないのだ。
そのような相手との対談は流石に断りたい気持ちでいっぱいだったが、システム反対を押し通した側の者として、ここでそれを拒むのは勝ち逃げのような気がして気分が悪かったので、意を決して対談に臨むことにしたのだ。
俺は緊張した面持ちでドアをノックする
「どうぞお入りください」
しかし、部屋の中から聞こえてきたのはとてもやさしい声色の返事であった。
ドアを開けると、そこには白色のスーツに身を包み、椅子の横で姿勢よく起立している女性がいた。
その表情は穏やかそのものだった。
俺は少々拍子抜けしつつも自分のそばまで椅子まで歩き、お辞儀をする。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
相手も俺と同じぐらい、深く頭を下げてそう言った。
俺たち二人は着席し、対談が始まる。
「東雲アサヒと申します」
「月白澪です」
俺はまず、彼女がシステム導入計画の中心的人物になった経緯を聞いた。
「私は、12年前に娘を通り魔によって突然奪われました。娘の名前は月白アリサといいます」
俺はその名前を聞いた瞬間にあることを思い出した。
その名前はフウカ先輩から聞いたことがあった名前だった。
「娘を失った悲しみが癒えない日々を過ごす中で、私はフウカちゃん、夕凪さんが発表した論文が目に留まったのです。最少は興味本位でしたが、内容を理解するにつれ、私はこのシステムがあればアリサのように理不尽に命を奪われることがなくなると確信したのです。その後私はこの論文や研究を何度も読み返し、沢山勉強しました。そう言ったことをしていると、政府の関係者と名乗る人物が、システムを導入するにあたって私の力が必要だというので、私もシステムが導入されるのは心からの願望だったので、迷わず計画への参加を始めた、みたいな流れです」
俺はその話を聞いて、胸が痛くなる。
娘を失った上に俺はこの人の心の底からの願望をも砕いてしまったのだ、と。
しかし、それ以降、彼女の口から出てくる言葉は俺を驚かせるものばかりだった。
「当時の心身を病んでいたので、当初はこのシステムを勉強していても、その本質には気づくことができなかったのです。導入計画に奔走するうちに心身は少しづつ回復していきました。すると、この私が導入しようとしているシステムの本性が私にも少しづつですが見えてきたのです。しかしながら、私は政府関係者の一人としてすでにシステム導入の中心にいたので、それはただの心の迷いだと思い込んでいました。そして、あの日。私はあの大きなビルのスクリーンに映された映像を見ました。それと同時に、私の心の中ではシステムに対する恐怖心が芽生え、心が揺れ動いていました。その後システムが導入される日まで、私はずっと家に閉じ籠っていました」
俺はてっきり彼女は最後までシステムの導入に奔走しているものだと思い込んでいた。
それも無理はなかったが、彼女の言葉を聞くと、俺は少し安堵した。
俺が彼女の最後の砦さえも破壊してしまった、という罪悪感から少しは解放された気がしたからだ。
「正直、ここまでシステムの導入を推し進めてきた身として、このようなことを言うのは複雑な気持ちなのですが、システムの起動が失敗した瞬間、私はホッとしました。あぁ、あんな映像で見たような世界が現実にならなくてよかったな、と」
そこで俺自身も正直な気持ちをぶつけた。
「僕自身もシステム導入反対の活動を続けていたのですが、月白さんの話を聞いていると、何か大切なものを奪ってしまったような気がしていました。ですが、僕の映像を見て本心からそう思ってくれたのならば、それは僕にとっも大変光栄です。この対談を始める前までは、僕はてっきり、あなたに泣いて怒鳴られることを想像していました…」
そう俺が伝えるとかの情は優しい笑みを浮かべて笑った。
「とんでもないです。確かにあなたの映像を見ることなく、あの日を迎えていたのなら、そんな気持ちを持ってしまっていたかもしれません。ですが、私はあなたのことを命の恩人とも思っていますよ」
突如として出た”命の恩人”という言葉に俺は疑問を呈さずにはいられなかった。
「どういうことでしょうか?」
「私はこのシステム導入が失敗すれば生きる意味を失い、この命を絶つつもりでした。しかしあの映像を見たことで、そんな自己決定もできないような世の中になる、と直感したのです。こんな世の中を作ったところで、私の娘は帰ってこない、そんな単純なことだけれど、私にとっては大切なことを教えてくれたのもあなたでした。いろんな意味で私を救ってくれたあなたはまさに私の命の恩人です。本当に感謝しています」
俺は謙遜して手を横に振るが、彼女の目は真剣そのものだった。
そんな目を見て、俺も真剣な表情をその思いをまっすぐに受け止めた。
そんな会話が終始途切れることなく、対談は和やかな雰囲気で終了した。
この瞬間、俺がやってきた活動の全てが報われた気がした。
「--------------------」
突如始まり、予期せぬ形で終わったシステムの導入に対して、国民の多くは当初混乱していた。
俺自身も、導入が失敗した瞬間は歓喜の渦に飲み込まれており、思いつきもしなかったが、時間が経つにつれて、ある考えが思考の中に蔓延り始める。
(俺って政府から命を狙われてるのかも)
そう思うのも無理はなかった。なぜなら俺は政府が主導する計画を妨害したのだ。
国家の反逆者として、逮捕されてしまうかもしれない。などと考えていたが、実際には言論の自由が最も優先されているこの国では俺が逮捕されるということはなかった。
しかし時間の経過は皮肉なもので、一週間もすれば町はこれまでと変わらぬ様子に戻っていた。
あの対談以来、俺は熱を出して家に籠っていた。
体調も随分と良くなったので、外の空気を吸うために少し散歩をすることにした。
そんな町の一角で男女二人が言い争う声が聞こえる。
超えの聞こえる方に行ってみるとカップルらしき二人が口喧嘩をしていた。
その喧嘩はかなりデッドヒートしているようにも思えた、が俺はそれさえもほほえましく思えた。
争いや不幸も感情の波の一部であり、その波があるからこそ、人は喜びや愛を感じられる。
「感情があるからこそ、人間は美しいんだな」
そんなことを思いながら、病み上がりの体で夜の街を歩いた。
空に浮かぶ数多の星の一つがその明かりをひっそりと消したことに気が付く人はいなかった。
ユートピアの亡霊、以上で完結になります!最後までお読みいただき誠にありがとうございました。本作は私の初作品になるため、至らない点や不十分な点なども目に余る状態だったかと思いますが、最後までお付き合いいただきましたこと、感謝いたします。
Xアカウントも運用しています。@sanphite_animeでは随時、次作の宣伝も行っていますのでフォローをしていただけますと、嬉しく思います。
最後になりますが、改めて、本当にありがとうございました。
次回作にご期待ください!




