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魔人転生〜フィオナは戦争にいった〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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回想・エプシロンに起きたこと(2)

 その三日後。

 夜のクランの街に、奇妙な者が現れた。マントを着て、頭からすっぽりフードを被った小柄な者。そして、同じく頭からボロ切れのようなものを被せられた馬である。

 このふたりが何者かといえば、エプシロンとユニコーンであった。無言のまま、静かに進んでいく。 


 やがてふたりは、クランの外れにある墓地へと到着した。ここは身寄りのない者や、何者かもわからないような者たちを埋めるための場所である。売春宿『ジュジャクの館』のオーナーであるニールが管理しているらしい。

 ユニコーンは墓地の中を歩いていったが、ひとつの墓標の前で止まる。


「フィオナは、ここに埋まってるようだぞ……」


 ユニコーンの言葉に、エプシロンは唖然となった。


「どういうことだ……なんで、フィオナがこんな無縁墓地に埋められなきゃならないんだ?」


「わからんが、とにかく掘り出してみよう」


 ふたりは、協力して棺を掘り出す。ユニコーンが、蹴り一発で棺を壊した。

 中から出てきたのは、一組の骸骨であった。エプシロンは思わず顔を背けるが、ユニコーンは匂いを嗅いだ。

 直後、とんでもない言葉が出る──


「間違いない。これはフィオナの骨だ」


「戦場で戦死したはずの騎士が、なんでこんな無縁墓地に埋められてんだ?」


「まず売春宿の連中に聞いてみよう。場合によっては……」


 その時、ユニコーンがさっと顔を上げた。何かが近づいて来る。それも、それも敵意を持つ者だ。


「マズいぞ。私の背に乗れ!」


「どうした!?」


 エプシロンは戸惑いながらも、すぐさまユニコーンの背に乗る。


「危険な奴らが迫っているんだ!」


 叫ぶと同時に、ユニコーンは走り出した。だが、前方に巨大な男が立ちふさがる。


「どかねば殺す!」


 ユニコーンは、頭を低く下げ突進していった。角の一撃で、串刺しにするつもりなのだ。

 しかし、角は刺さらなかった。それどころか、皮膚の弾力で跳ね返されたのだ。


「何ぃ!?」


 思わず叫んだエプシロン。ユニコーンの角は、鉄板ですら貫ける。しかも、今のは助走をつけての体当たりだ。たとえ城壁であったとしても、突き破ることができただろう。

 そのユニコーンの突進を、目の前の大男は何もしないまま体で受け止め、かつ弾き返したのだ。

 エプシロンもユニコーンも、衝撃のあまり動きが止まる。そこに、闇を切り裂き飛んできたものがある。

 次の瞬間、エプシロンはバタリと倒れる。心臓に、矢が突き刺さっていたのだ。


「エプシロン!」


 叫んだユニコーンに、今度は大男が挑みかかる。


「貴様! 汚い手で触れるな!」


 ユニコーンは凄まじい勢いで暴れるが、大男の腕力は桁が違っていた。その上、皮膚も異常に硬い。角で突こうが蹄で蹴ろうが、ビクともしないのだ。

 しかし、ユニコーンとて伊達に聖獣と呼ばれてはいない。つかみかかってきた腕を角で払い除け、素早い動きで後ろに下がり間合いを離す。

 逃げようと思えば、逃げられるかもしれなかった。だが、ここで引くわけにはいかないのだ。

 友と認めた人間を、ふたりも殺されてしまったのだから──


 突進してきた大男を、ユニコーンはさっと躱す。同時に、後ろ足による蹴りを食らわせた。

 さすがの大男も、バランスを崩し倒れる。ユニコーンは、チャンスとばかり全体重をかけ踏みつけた。

 人間はおろか、ミノタウロスであっても、この攻撃を受ければただではすまないだろう。だが、大男はそれでも立ち上がろうとする。


「こやつ、人間のはず……だが、ここまで頑丈な人間など存在しない!」


 ユニコーンは、さっと離れる。心に迷いが生じた。

 敵は強い。しかも、ひとりではないのだ。このままでは、殺されるかも知れない。

 だが、逃げたらエプシロンは……。


 その時、またしても矢が飛んできた。今度は、ユニコーンの前足に突き刺さる。


「人間風情が! この私に傷をつけおって!」


 ユニコーンが吠えた瞬間、大男が突進してきた。腕を伸ばし、首に巻きつける。

 直後、凄まじい怪力で首を絞められる──


 必死でもがくユニコーンだったが、大男の力は尋常ではない。その上、矢傷から何かが体内に入ってきている。汚れたものが入り込み、聖獣の体を冒していく。

 

「人間どもめ……私は、貴様らを許さん。たとえ魔道に堕ちてでも、貴様らを殺す!」


 薄れゆく意識の中、ユニコーンは叫んだ。とはいえ、戦う力など残されていなかった。大男の逞しい腕が、さらに強く首を絞め上げる。

 やがて、ユニコーンの首はへし折れてしまった──


 その時、物陰からひとりの男が姿を現した。背が低く細身で、両手には先の尖ったナイフを握っている。


「なんだ、もう終わりかよ。ユニコーンって聞いたから、少しは期待して見てたんだけどよう……つまらんつまらんつまらん!」


 小柄な男は、そんなことを言いながら、ユニコーンの死体を蹴り出したのだ。

 すると、大男の表情が変わる。凄まじい形相で怒鳴りつけた。


「ピューマ! てめえはなんで戦わなかったんだ!」


「はあ!? なんで俺が出なきゃならねえんだよ! 殺るのは、エプシロンとかいう雑魚とユニコーンだろうが! こっちは三人いるんだぞ! ひとり余るたろうが! だから、俺はおとなしく見ててやったんだよ! てめえは算数もできねえのか!」


 小男も、負けじと言い返した。その時、闇から声が聞こえてきた。


「ピューマ、ゲルニモ、さっさと引き上げるぞ」


「わかったよう。クソ面白くもねえ」


 ぶつくさ言いながら、小柄な男は姿を消した。次いで、大男も姿を消す。


 後には、エプシロンとユニコーンの死体だけが残されていた。

 次の瞬間、信じられないことが起きる。

 墓地に穴が空き、ふたりの死体を呑み込んでしまったのだ……。




 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 エプシロンは目を開けた。上体を起こし、周りを見てみる。


「なんだ、ここは?」


 誰かに、というより自分自身に尋ねていた。あたり一面は、真っ白に塗りつぶされている。視界の届く範囲には、白以外のものがない。さらに、この空間には奥行きというものが感じられないのだ。例えて言うなら、白く塗りつぶした羊皮紙に周囲を覆われているようである。不思議な場所であった。


 俺は、どこにいるんだ?

 いや、その前に……俺は、何をしていた?


 頭の中に、次々と疑問が浮かんで来る。何がどうなっているのか、さっぱりわからない。

 顔をしかめながら、どうにか立ち上がった。周囲を慎重に見回し、少しずつ歩いてみる。一応、地面は硬い。裸足の足を通して、石畳のような硬い感触が伝わってくる。

 さらに歩いてみた。だが、どこまでも同じ風景が続いている。視界に入って来るのは白い空間だけだ。他には何もない。

 どう考えても、今の状況は異様である。いったい何事が起きたのか。エプシロンは立ち止まり、必死で頭を働かせる。ここに来る直前に何があったか、記憶を蘇らせようとした。

 その時、後ろから声が聞こえてきた。


「おいエプちゃん、そろそろ始めよか?」


 慌てて振り向くと、そこには奇怪な格好の者がいた。

 おそらくは男だろうが……顔を白く塗り、道化師のようなだぶだぶの服を着ているのだ。頭にはトンガリ帽子を被り、手には奇怪な形状の杖を持っている。

 唖然としているエプシロンに向かい、奇妙な者はさらに語り続ける。


「わしはな……わかりやすく言うと、悪魔じゃ。今日は、エプちゃんにいい話をもってきたんじゃ」


「は、話?」


 混乱しつつも聞き返すエプシロンに、悪魔はニヤリと笑う。


「こっから先、お前にはふたつの道がある。ひとつは、このまま何もかも忘れ天国ちゅう場所に行く。平和だが、退屈きわまりない場所じゃ」


 その言葉で、ようやくエプシロンは状況を悟る。同時に、記憶も蘇った──


 そうだ。

 俺、死んだんだよ。

 変な奴らに、いきなり……。


 途端に、エプシロンは崩れ落ちた。目から、自然と涙が溢れる。

 こんな人生、あんまりではないか……唯一、心から愛していたフィオナが、原因もわからぬ死を遂げた。その死の真相を調べようとした自分は、理由もわからぬまま何者かに殺された。


 こんなの、ありか?

 理不尽にも程があるだろ?

 俺の人生、いったい何だったんだ?


 呆然となりながら、ただ涙だけを流すエプシロン。そんな彼に、悪魔はとんでもない提案をする。


「もうひとつの選択は……お前は現世に戻り、過ちを正す。さあ、どっちにする?」


 悪魔の言葉に、エプシロンはハッと我に返った。


「どういうことだ? 俺、生き返れるのか?」


「ああ。わしらには、ひとつの掟があるんじゃ。人が死んだ時、魂は冥界へと運ばれる。つまり、ここじゃ」


 言いながら、悪魔は地面をドンドンと足で踏み鳴らした。


「しかしじゃ、その魂があまりにも深く傷つき悲しんでいる時……ごく稀に、わしらは魂に取引をもちかける。取引に応じれば、お前は最凶の怪物として蘇るんじゃ。恨みを晴らし、過ちを正すことができる。ただし、お前の魂はいただくがのう」


 そこで、悪魔は顔を近づけてくる。


「さて、どうするんじゃ? 天国に行って、アホな天使どもと退屈に過ごすか、それとも復讐を果たすか……どっちじゃ?」


 問われたエプシロンは、思わず顔をしかめる。悪魔に魂を売る……そんなことを、していいのだろうか?

 その時、別の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるものだ。


「エプシロン、何を迷っている。人間どもに復讐できるのだぞ。考えるまでもなかろう」


 エプシロンは、声のした方を向く。途端に愕然となった。

 そこにいたのは、ユニコーン……いや、かつてユニコーンだったはずのものだった。白い毛並みは奈落の闇のように黒く変わっていた。角は二本に増えており、山羊のそれのように曲がっている。目は赤く、体全体からは凄まじい妖気を放っていた。

 もう、聖獣ユニコーンの面影はどこにもない。目の前にいるのは、完全な魔獣だ──


「お、お前は……」


 どうにか言葉を絞り出したエプシロンに、魔獣は楽しそうに答える。


「我はバイコーン。世に、災いをもたらすため蘇るのだ。エプシロン、一緒にこい。人間なる下等動物どもに思い知らせてやろうではないか」


 力強いバイコーンの言葉に、エプシロンの心は揺れ動く。確かに、復讐はしたい。だが、悪魔に環を売るなどと……。

 その時、悪魔が囁く。


「フィオナちゃんの死の真相、知りたくないんか? フィオナちゃんの復讐、果たしたくないんか?」








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