激突(4)
ジェイクは、鋭い気合いの声を発しカオスへと攻撃を開始する。
次の瞬間、連続的な破裂音が響き渡る。肉を打ち抜く鈍い音だ。カオスの体を、目に見えない衝撃が続けざまに襲う。
一瞬遅れて、カオスの体から布切れが大量に宙を舞った。彼の着ていたシャツが、衝撃により紙クズのように細かく千切れてしまったのだ。
土の精霊の力を借り、極限まで硬質化した拳。さらに風の精霊の加護を受けたことにより、ジェイクは音速を超えた速度の突きを打てるようになったのだ。
その威力は、分厚い城壁ですら破壊できるものだろう。そんな強烈な突きの連打が、ダース単位でカオスの胸に命中したのだ。
破裂したような音が何度も響き渡り、カオスの体が宙に浮く。
一瞬の後、カオスは地面に崩れ落ちた。もはや、呼吸はしていない。そもそも、この突きの連打をくらい原型をとどめていられること自体が大したものなのだ。
「お前、大した奴だよ」
動かなくなったカオスに向かい、ジェイクは低い声で呟く。
だが、それは一瞬だった。ジェイクは、すぐさま次の相手へと向かう。
ゲルニモは、ピューマと戦っていた。太い腕をブンブン振り回している。対するピューマは、身軽な動きで攻撃を避けつつ、僅かずつではあるが傷を負わせていた。
どちらも、ジェイクの攻撃により、かなり傷ついているはずだ。にもかかわらず、戦い続けている。恐ろしいタフさだ。
確かに、彼らひとりひとりは強い。単独でも並の兵士十人や二十人なら、あっという間に倒せるであろう。
だが、並の兵士なら、こんな状況で仲間割れなどしない。そう、彼らは強すぎた。その強さゆえ、仲間同士で協力する必要性を感じなかったのかもしれない。
彼ら全員の力を合わせた総合的な戦闘力は、ジェイクらより上だった。しかし、戦いは数学ではない。集団性ではチームワークが大事だ。一たす一を二ではなく、三にも四にも変える……それこそがチームワークの力なのだ。
ジェイクは、音もなく間合いを詰めていく。
今の突きを連打すれば、ゲルニモも殺せるだろう。だが、一日に何度も使うと、ジェイクの精神と肉体に多大な負担をかけることとなる。ダメージの強い技は、こちらの体にもダメージを与えるのだ。
それに、ゲルニモを仕留めるには、もっと相応しい技がある。エプシロンに叩き込む予定だったものだ。長らく使っていなかったが、エプシロンと戦う前に手応えを確かめておかねばならない。
あいつに使いたくはねえ。
だが、使わなければならないなら……。
悲壮な思いを胸に、ジェイクは手のひらに気を込める。
「水の精霊よ、力を貸してくれ」
囁くような声で祈り、ジェイクは動いた。ゲルニモの背中に密着し、掌底を打ち込む──
手のひらから放たれた衝撃波は、体内へと瞬時に浸透していった。まるで水のように、ゲルニモの心臓を包み込んでいく。
次の瞬間、一気に握り潰した──
一瞬遅れて、ゲルニモの巨体が、どうと倒れた。
死んだことを見届けたジェイクは、静かな表情でピューマと向き合う。
「さて、ケリをつけようぜ」
その言葉を聞き、ピューマは飛び上がった。宙でくるりと一回転し、着地と同時に短剣を構える。
「フフフ、ジェイクぅ……やっと! やっとやっとやっとケリをつけられるなぁ!」
興奮するピューマを見つつ、ジェイクは静かな口調で尋ねる。
「なあ、教えてくれないか? 俺とお前は、どこかで会ったことがあるのか?」
「はあ!? お前、俺を覚えてないのかぁ! ふざけるなぁ! 殺す殺す絶対に殺す! 山賊やってた俺をとっ捕まえて、衛兵に引き渡したのを忘れたのかぁ!」
地団駄踏みながら叫ぶピューマだったが、ジェイクは全く覚えていなかった。
「いや、そんなもん多すぎて、いちいち覚えてられねえよ」
そう、ジェイクがこれまでに捕らえてきた賊の数は百人近い。ひとりひとりの顔など、覚えているはずがないのだ。
しかし、その言葉はピューマの怒りの炎をさらに燃え上がらせる結果となった。
「くっそおぉぉぉ! 俺はお前の顔を忘れたことなんか、一瞬たりとてなかったぞ! 毎晩、お前の顔を思い浮かべて眠りについてたんだ! もう許さねえ! 泣き叫びながら死ねぇ!」
喚き、飛びかかってきた。が、ジェイクの突きがカウンターで決まる。
ピューマは吹っ飛び、どさりと倒れた。
◆◆◆
倒れたスノークスめがけ、アインリヒは剣を振り上げる。
「貴様ら、今すぐ殺してやる!」
言ったアインリヒだったが、直後にとんでもないことが起きる──
ダークエルフの体を、光と轟音が同時に襲った。直後に全身が痙攣し、彼はバタリと倒れる。皮膚には火傷のような痕があった。
スノークスはわからなかったが、アインリヒの体を稲妻が貫いたのだ。もちろん、落雷ではない。リリスが魔法により生み出した稲妻である。
「な、なんだ今の……死ぬかと思ったぜ」
言いながら、スノークスは上体をあげる。と、その顔が歪んだ。
リリスは、アランの体にすがりつき泣いていたのだ。アランは、さっきからピクリとも動いていない。アインリヒの放った矢は、アランの胸に刺さっている。
あいつ、死んじまったのか……。
スノークスは、どうにか起き上がった。と、そこで異変に気づく。
まず、矢が刺さっているのに血が出ていない。次に、アランの顔はやけに血色がいい。その上、表情が微妙にニヤケているのだ。
スノークスは、フゥと溜息を吐いた。
「アラン、お前いい加減に起きろ」
その声に、リリスはハッとなった。アランの顔を、まじまじと見つめる。
次の瞬間、アランの目が開いた。すまなそうな表情で、ペコリと頭を下げる。
「ど、どうもすみません。生きてました」
「な、なんで……」
涙に濡れた顔で呆気に取られているリリスの前で、アランは矢を引き抜いた。
そして、胸ポケットから何かを取り出す。何かと思えば、バーレンの通行証だった。
「こいつ、ミスリル銀製なんですよ。妙に頑丈な造りでしてね。お陰で助かっちゃいました。てへ」
そんなことを言いながら、アランは頭を掻いてみせる。
その時、リリスの表情が変わった。
「だったら、何で早く言わないんだよ!」
「いや、泣いてるリリスさんを見てたら、何か言い出しづらくて……」
「ふざけんじゃないよ! この!」
怒鳴ると同時に、平手打ちが飛んだ。頬を叩かれたアランは、思い切り顔を歪める。
だが、リリスの攻撃は止まらない。さらなる平手打ちが飛ぶ。
「いて! 待ってくださいよ、本当に死んじゃいます!」
「うるさい! あたしがどれだけ心配したと思ってんだ! お前なんか、本当に死んじまえ!」
叫びながら、アランの顔を引っ叩くリリス。その時、スノークスの声が飛ぶ。
「おいリリス、イチャついてる場合じゃねえぞ。エヴァを見てやれ」
「えっ?」
リリスが視線を向けると、エヴァは倒れたまま、顔だけをこちらに向けていた。そばにはセリナがおり、しゃがみこんだ体勢で回復魔法をかけ続けている。
リリスは、すぐに立ち上がり走り寄る。エヴァを、そっと抱き上げた。
その時、エヴァの口から声が漏れる。
「リリス姉さん……」
蚊の鳴くような声だ。もう、長くはもたないであろう。
しかし、瞳の色は先ほどとは変わっていた。昔と同じ青い色だ。
「エヴァ! 正気に戻ったのかい!?」
叫んだリリスに、エヴァはにっこり微笑んだ。
「姉さん、ごめんね……」
言ったきり、ガクッと首が落ちる。
セリナは手を伸ばし、エヴァの瞳を閉ざした。その時、リリスの震える声が聞こえてきた。
「噂には聞いてたんだよ。人間の記憶を失くし、奴隷にしちまう術があるって……術にかけられた者は、二度と元には戻らないとも聞いた」
そこで、リリスは溢れる涙を拭い言葉を続ける。
「でも、エヴァは死ぬ間際に正気に戻れたんだね……」




