激突(3)
「ピューマめ、しぶとさだけは世界一だな。今回ばかりは、そのしぶとさを褒めてやらねばならん」
アインリヒは、思わず苦笑した。いくらジェイクと言えど、あの三人が相手では勝つことはできまい。
とはいえ、万一ということもある。とりあえず、向こう側のひとりは仕留めた。次は、あの聖女だ。あいつさえ殺せば、エヴァとアインリヒは魔法が使えるようになる。
そうなれば、あとは五人かかりでジェイクを殺せばいい……アインリヒは、冷静に計算しつつ矢をつがえる。
聖女はというと、苦戦するジェイクを不安そうに見ながら呪文の詠唱を続けている。あれなら、確実に仕留められそうだ。
アインリヒは気づいていなかった。ジェイクの仲間は、全部で五人。つまり、あとひとりいたのだ。そのひとりの姿が消えていた。
◆◆◆
スノークスは、茂みに隠れ音を立てずに近づいていった。
この男、自軍が不利になった時は迷わず逃げる……それが信条だ。傭兵は、金次第で誰の下でも働く。しかし、その金を使うには命がなくてはならない。
そのため、ヤバいと思ったら逃げる。そう、この男は逃げもするし隠れもする。むしろ、真正面の戦いより、そちらの方が得意であろう。
今も、その特技をいかんなく発揮していた。ただし、今回は逃げるためではない。相手の背後を突くためだ。
戦いの方は、ジェイクやリリスに任せたかった。しかし、今回の相手はそうもいかない。自分もまた、全身全霊をもって立ち向かわねばならんのだ。
でなければ、大切な仲間が死ぬ──
スノークスは、ようやく敵の背後に回った。見れば、敵のダークエルフは弓に矢をつがえている。狙っているのは、おそらくセリナだ。ここでセリナが殺られたら、皆は総崩れになる。
そう思った瞬間、スノークスは動いた。茂みから、一気に飛び出る。だが、ダークエルフまでは距離があった。斬りかかったのでは間に合わない。しかも、向こうに剣を抜く隙を与える。
なら、こいつはどうだ!
スノークスは、ナイフを取り出し投げつける。かつて、傭兵仲間に習った技だ。正面の切り合い打ち合いより、こっちの方がよっぽど性に合っている。
投げたナイフは、狙い違わずダークエルフに命中した。右肩に突き刺さり、彼は痛みのあまり顔をしかめる。
直後、矢が放たれた。しかし、ナイフが刺さった痛みにより、矢はとんでもない方向へと飛んでいった──
「このゴミクズが! 俺の血を流させた罪は重いぞ!」
叫び、ダークエルフは剣を抜こうとする。だが、右肩の痛みにより剣を持てない。
これなら勝てる!
スノークスは、剣を抜いた。このまま、正面からの切り合いに持ち込むつもりだった。あのダークエルフ、腕は立ちそうだが片手しか使えないなら勝てるだろう。
しかし、そこで襲いかかってきた者がいる。エヴァだ。短剣を抜き、必死の形相で振り回してくる。
「お前のような愚民が、アインリヒさまを傷つけるなど許さん!」
喚きながら、なおも切りつけてくる。スノークスは、何もできず下がる一方だ。
無論、正面きって戦えばスノークスが勝つ可能性は高い。が、この女はリリスと関係がある以上、下手に手は出せない。
その時、声が響き渡る。
「殺して!」
◆◆◆
その頃、ジェイクら四人はとんでもない事態に遭遇していた──
「おい、お前ら卑怯だぞ! 何考えてんだクソバカが!」
叫んだのは、なんとピューマである。これには、さすがのジェイクも表情を歪めた。
卑怯だと?
何を言ってるんだ、このバカは?
混乱しつつも、警戒を解かないジェイク。しかし、ピューマの標的はジェイクではなかったのだ。
「カオス! ゲルニモ! 三対一じゃ卑怯だろうがぁ! ジェイクは俺の獲物だぁ! いや、俺だけの獲物だぁ! 俺が殺す! 一対一で正々堂々と殺す! そして百二十回くらい殺す! お前らは、あっちの女どもを片付けろおぉ! オラァ、さっさと行かんかボケカスがあぁ!」
そんなことを喚きながら、短剣の切っ先でリリスらの方を指し示したのだ。
これには、さすがのジェイクも唖然となった。
何を言い出すんだ?
このバカ、俺を油断させようとしてんのか?
混乱しつつも、ジェイクは動かず状況を見ていた。ひょっとしたら、流れが変わるかもしれない。
「何を言ってるんだバカ! ここは三人がかりでジェイクを仕留める! それが命令だ!」
カオスが怒鳴るが、ピューマには聞く気がない。
「るせえ! 黙れ! ジェイクは俺の獲物だぁ! これは、俺の決めたこと! 神が頼もうが悪魔が脅そうが、俺のこの思いだけは変わらねえんだよアホンダラ! ジェイクは、一対一の勝負で俺が仕留める! これこそが万物の理だあぁ!」
訳のわからないことを喚くピューマに、今度はゲルニモが怒鳴る。
「このイカレ野郎が! てめえは命令された通りに動いてりゃいいんだよ! このクソチビが! ごちゃごちゃ言ってると捻り潰すぞ!」
言われたピューマは、わなわなと体を震わせる。無論、怒りゆえだ。
「上等じゃねか! まずは、てめえから殺してやる! 死ぃぃねえぇぇぇ!」
叫んだかと思うと、ピューマはゲルニモに飛びかかっていったのだ。二本の短剣を振りかざし、ゲルニモの腕に突き刺す。どう見ても、芝居ではない。どうやら、本気で殺すつもりのようだ。
「ウガァ! てめえは殺す!」
ゲルニモは、刺された腕をブンブン振り回した。短剣が刺さり血が流れているが、そんなことは気にも留めていない。恐ろしいくらいのタフさだ。
しかし、タフという点ではピューマも負けていない。腕を振り回したと見るや、パッと空中に飛び上がった。一回転し離れる。
ゲルニモとピューマ、今の彼らの標的はジェイクではない。こんな状況なのに、本気の仲間割れが始まってしまったのだ──
カオスはというと、唖然となって両者を見ている。この異形の怪物にすら、今の状況は予想外だったらしい。
だが、ジェイクにとってはまたとないチャンスだ。彼は、一気に気の力を高めていく──
「風よ! 土よ! 我に力を!」
吠えた直後、瞬時に移動した。カオスの正面に立ち、拳を握る。
直後、恐ろしいことが起きた──
◆◆◆
スノークスは、エヴァに切りつけられていた。何もできず、防戦一方だ。
そこに、またしても声が飛ぶ。
「いいから殺して!」
声の主はリリスだ。涙で顔をくしゃくしゃにしながら、スノークスに向かい叫んでいた。
スノークスは、チッと舌打ちする。
「しゃあねえ。こういうのは、嫌われ者の仕事だよな。だったら、俺がやるしかねえよ」
言うと同時に、スノークスは剣を抜いた。どうやら、殺すしかないらしい。それが、リリスの望みでもあるようだ……。
なおも切りかかってくるエヴァだったが、その軌道は素人丸出しの大振りな攻撃だ。スノークスのような傭兵には読みやすい。今まで、魔法でしか戦ったことがないのだろう。スノークスはあっさりと躱すと、己の剣を一気に突き立てる──
刃は、エヴァの腹に深々と突き刺さった。エヴァは、目を見開きスノークスの体へともたれかかる。まだ、命はあるのだ。
スノークスは剣を引き抜くと、地面にそっと寝かせる。これが、今の彼にできるせめてもの手向けであった。
と、そこで凄まじい声が聞こえてきた。
「貴様ぁ! 下民がラーヴァナの命を奪ったのか! 許さんぞ!」
叫んだダークエルフは、左手に細身の剣を持った。
そのまま、スノークスへと斬りかかっていく──
片手しか使えないはずなのに、ダークエルフの剣技は凄まじいものであった。変幻自在の太刀筋は予測不能であり、スノークスは防戦一方だ。どうにか、致命傷となる場所への攻撃は防いでいた。だが、避けそこねて負った傷は十ヶ所を超えている。
クソ、こいつとんでもねえよ!
スノークスが心中で毒づいた時、何かにつまづいた。
そのまま、背後に倒れ込む──




