激突(2)
「な、なんだよあれ!?」
スノークスが叫ぶ。だが、それも仕方ないだろう。
黒いマントを脱ぎ捨てたカオスの姿は、あまりにも異様であった。顔は、あちこちがツギハギだらけなのだ。それも、人間の皮膚だけで構成されていない。ゴブリンやオークといった亜人種の皮膚を繋ぎ合わせているのだ。顔のひとつひとつのパーツも、人間のものと異なっている。右目はゴブリン、左目は人間、鼻はオークなのだ。口は人間のようだが、野獣のような牙が生えている。
体には皮の袖なしシャツを着ているが、覗く部分もまたツギハギだらけであった。小剣を握る右手は人間のものだが、色の違う皮膚を強引に繋ぎ合わせた形だ。
左腕は、さらに不気味な形であった。爬虫類のような肌で、指は三本しかない。ナイフのような鉤爪が付いており、右腕よりひと回り大きい。
「俺はカオス、ひ弱な人間の肉体を捨てた男だ。ジェイク、人間の体にしがみついているお前とは違うんだよ!」
吠えた直後、カオスは襲いかかった──
カオスは、小剣を振り上げ斬りかかる。しかし、ジェイクは簡単に見切り迎撃態勢に入る。カウンターの突きを叩き込むつもりだった。
しかし、そこで思わぬ邪魔が入る。瞬時に息を吹き返したゲルニモが、凄まじい勢いで突進していったのだ。
ジェイクは躱しきれず、吹っ飛ばされた。今度は、彼の体が宙を舞う。
「ジェイク!」
叫んだのはアランだ。彼は、ようやく剣を抜いた。ジェイクの援護をすべく動き出す。
だが、そこに火球が飛んでくる。エヴァの放った魔法だ。当たれば、確実に死をもたらす威力だ。そればかりか、周囲の者にも被害が及ぶだろう。
火球はアランに迫る。もはや、躱すのは不可能……と思いきや、奇妙なことが起きた。火球は、突然消え失せてしまったのだ。まるで、ロウソクの炎が吹き消されたかのように、一瞬にして跡形もなくなってしまった──
「皆さん! 大丈夫です! 彼らの魔法は、全て私が無効化します!」
叫んだのはセリナだ。普段は物静かな彼女が、髪を振り乱しながら皆を見回している。
その体からは、奇妙な光を発していた。
これこそが、セリナの新しく覚えた魔法だ。対エプシロン用の秘策として、デリシャスより伝授されたものである。大半の攻撃魔法を無効化できる上、範囲は広い。エヴァとアインリヒの使う魔法は、全て封じることができるのだ。
「ふざけた真似を……」
凄まじい形相になるエヴァだったが、アインリヒは冷静であった。すぐさま指示を下す。
「カオスとゲルニモは、ジェイクを足止めしろ! その間に、俺が残りの雑魚を全員片付ける!」
言った直後、アインリヒは弓を構えた。魔法が無効化されるなら、武器で戦えばいいだけである。狙いは、崩れ落ちたまま動けないリリスだ。ひとりずつ、確実に仕留めていこうという魂胆である。
アインリヒは矢をつがえ、すぐに射た──
放たれた矢は、真っ直ぐリリスめがけ飛んでいく。放心状態にあるリリスは、自身が狙われていることすら気づいていない。そのままなら、間違いなく当たっていたことだろう。
しかし、その場に乱入してきた者がいた。アランだ。しゃがみこんだまま動けないリリスの前に飛び出してきたのである。
矢は、アランの胸に突き刺さっていた。
◆◆◆
「アラン! クソッ!」
ジェイクは、横目で状況を見ていた。すぐに助けにいきたい。
だが、カオスとゲルニモは強敵であった。どちらも、異常なほどの打たれ強さだ。鋼の甲冑を着た騎士よりも上だろう。ジェイクの突きや蹴りを何発かもらっているにもかかわらず、怯むことなく攻撃してくるのだ。
しかも、ふたりの攻撃パターンはまるで異なる。剛腕を振り回し、巨体での体当たりを試みるゲルニモ。一方、敏捷な動きで小剣を振るうカオス。
水と油ほど違う戦法のふたりが組むことにより、奇妙な化学反応を起こしていた。歴戦の強者であるジェイクにすら、先の読めない状況を作り出していたのだ。
クソッ、厄介だぜこいつら!
アラン、無事でいてくれ!
心の中で叫ぶ瞬間にも、攻撃は続いていた。
カオスの小剣による小刻みな斬撃が、ジェイクへと放たれる。どうにか受けきり、反撃の突きを放とうとした時だった。
突然、カオスの口から緑色の液体が吹き出される。液体は、ジェイクの顔めがけ飛んでいった──
それを躱せたのは、ジェイクの直感以外の何ものでもなかった。見てから避けられるようなものではない。修行を積み、戦闘経験により培われてきた勘が危険を察知した。考えるより前に体が動き、斜め後方へと飛び退く。
一瞬遅れて、緑の液体が彼のいた場所へと降りかかる。と、そこに生えていた草がジュッという音を発した。直後、みるみるうちに爛れていく。
このカオス、猛毒の液体まで吐き出せるのか──
「この化け物が……」
思わず毒づいた瞬間、強烈な衝撃が彼を襲う。猛牛が突進してきたかのような感覚だ。受け止めきれず、ジェイクの体は宙に舞っていた。
毒液を躱した直後に、ゲルニモが突進してきたのだ。さすがのジェイクも、こればかりは避けることができなかった。軽々と宙を飛び、地面に叩きつけられる。
思わず、ゴフッという声が漏れた。そこに、疾風のごとき勢いで現れたのはカオスだ。飛びあがり、小剣を振り上げる。倒れているジェイクに、一気にトドメを刺すつもりなのだ。
ジェイクは、すかさず体を回転させ立ち上がった。カオスの上からの攻撃を躱すと、左の回し打ちを叩き込む。文字通り、横から回すようにして打ち込む突きだ。
カオスは、その攻撃を難なく躱した。回し打ちの軌道を見切り、上体を逸らして避ける。
だが、ジェイクの攻撃はそれだけでは終わらなかった。いや、ここからが本番だったのだ。回し打ちの遠心力を活かし、くるりと体を回転させ右の中段後ろ蹴りを放つ。
ジェイクの右足は、カオスの腹をえぐっていた。
体の回転を効かせると同時に、体重を乗せて放たれた後ろ蹴りは、衝撃力に関する限り蹴り技でもトップクラスである。人体改造により異常なタフさを誇るカオスも、この一撃は効いたらしい。ツギハギだらけの異様な顔に、苦悶の表情が浮かぶ。
トドメを刺すなら、今しかない。ジェイクは、己の右手に念を集中させ、気の力を送り込む。
その時、けたたましい声が聞こえてきた。
「ヒャッハッハッハ! ジェイクぅ、やってくれたなぁ! 死んだと思ったろおぉ! だがなぁ、俺さまは生きてるぜえぇぇ! 俺は死にましえぇぇん! あなたを殺すまではあぁ!」
ジェイクは顔をしかめる。あれは、間違いなくピューマの声だ。
あのバカ、生きてやがったのか!
その衝撃が、ジェイクの動きを一瞬止めてしまった。無論、常人ならひと呼吸もできないような短い時間である。
しかし、カオスには一瞬あれば充分であった。瞬時に飛び退き、間合いを放す。
と同時に、ゲルニモが突っ込んできた。子供のように、両腕をブンブン振り回してくる。傍目には滑稽な攻撃だが、ゲルニモのような巨漢にやられると厄介だ。ジェイクは、地面に伏せて躱した。さらに、地面を転がり続けて間合いを離す。
ジェイクは、改めて己の周りを見回した。もはや、セリナたちの方まで手は回らない。まずは、この状況をどうにか切り抜けなければならなかった。
正面にいるのはゲルニモだ。荒い息を吐きながら、こちらを見ている。この巨漢も、考えなしに突進してくるわけではない。ジェイクに隙ができるのを待っているのだ。
左側にはカオスがいる。距離は、十メートルほど離れていた。とはいえ、この男なら一瞬の距離である。
そして、右側にはピューマがいた。鼻血を流し頬骨も折れているはずだが、戦意は失っていないのだ。二本のナイフを握り、血まみれの顔で笑っている。
さて、どう戦う?




