デリシャスの秘策
城塞都市バーレンを出た一行は、預言者デリシャスへと会いに行くことにした。
ジェイクが先頭に立ち、森の中を進んでいく。
「アランとスノークスは、デリシャスとは初対面だよな。ちょっと変わってはいるが、害はないジジイだ。奇行は大目に見てくれ」
歩きながら、そんなことを言ったジェイク。と、アランの表情が曇る。
「ジェイクのちょっと変わってる、は、とんでもなく変わってるってことだからな……」
「それは言えてる」
言いながら、スノークスが頷いた。一方、セリナはリリスの方を見る。疑問が浮かんだのだ。
「あれ? リリスさんは、デリシャスさんのことを知っているのですか?」
「知ってるよ。あのジジイとは二度くらい会ったけど、話すと疲れるよ。わけわかんないからさ」
「そうですね」
セリナは、クスリと笑った。確かに、前回は会っただけでも疲れた。
そんな彼女を見たリリスも、笑みを浮かべ尋ねる。
「あんた、デリシャスにちょっかい出されたんじゃない?」
「えっ? いや、ちょっかいというほどでは……」
そう、ちょっかいは出されていない。代わりに、鍋を打ち鳴らし訳のわからないことを言われただけだ。
だが、リリスは全てを察したらしい。フゥと溜息を吐いた。
「出されたんだね。全く、あのジジイは困った奴だよ。エヴァに会った時もそうだった。アホみたいに鍋をカンカン打ち鳴らしてさ、やかましいったらありゃしない。あいつは、あんたみたいにおとなしい娘にちょっかい出すことに情熱燃やしてんだよ」
なるほど、と思ったセリナだった。が、次の瞬間にさらなる疑問が浮かぶ。
「すみません、そのエヴァさんという方は……」
「ん? ああ、あたしの……まあ、妹みたいな奴だよ。黒魔女だったのさ」
言った後、ん? という表情になった。だが、次の瞬間にニカッと笑う。
「何? ジェイクの昔の女かと思った? 安心して。そんなんじゃないから」
「ち、違いますよ!」
そんな平和なやり取りをしながら、一行は進んでいった。ジェイクは周りに注意を払いつつ歩いているが、今のところ危険な気配は感じられなかった。
だが目的地に着いた途端、とんでもない光景が待っていた。
デリシャスの住居である洞窟……その入口に、逆立ちをしている老人がいたのだ。皮の腰巻きひとつに、鳥の巣のような頭。細いが筋肉質の腕で、目はギョロリとしている。そう、預言者デリシャスが外で逆立ちをしていたのだ。
ジェイクとリリスは頭を抱え、他の三人は唖然となっていた。
一方、デリシャスはこちらに気づく。と、逆立ちのまま彼らに突っ込んできたのだ。腕だけを小刻みに動かして進んでいる。新種の生物のようで、なんとも不気味な動きだ。
デリシャスは、ジェイクの前でピタッと止まった。直後、逆立ちのまま喚き出す。
「なんだお前ら!? 何しに来た!? わしを殺しに来たのか!? だが、わしは負けんぞ! 最後まで戦いぬいてやる!」
「おいジジイ、俺の顔も忘れたのか! ジェイクだよ!」
ジェイクが怒鳴ると、デリシャスはピタッと口を閉じる……が、それは長く続かなかった。
「おおジェイク! 来たなら来たと言え! わしゃあ死の天使が来たのかと思ったぞ!」
言いながら、逆立ちのまま足をバタバタ動かす。魔界に棲む昆虫のような動きだ。見かねて、ジェイクが手を伸ばした。
瞬時に抱き上げ、地面に立たせる。
「おとなしくできねえのか。みんな怖がるだろうが」
言ったジェイクに、デリシャスは何を思ったか抱きついていった──
「おおジェイク! やっと来たか! 待っていたのじゃぞ!」
そんな彼らを見て、セリナたちは呆然となっている。デリシャスの奇行を目の当たりにし、衝撃を受け反応すらできずにいるのだ。
一方、リリスは溜息を吐いた。
「ジェイク、あんたはやっぱり変なのに好かれる運命なんだわ。ご愁傷さまです」
そんなことを言ったリリスを、デリシャスは凄まじい形相で睨みつける。
「何を言っておる! わかったのじゃぞ! エプシロンのことが、ようやくわかったじゃ!」
途端に、ジェイクの表情が変わった。デリシャスを力任せに引き離し、正面から見つめる。
「どうすれば、奴を止められる?」
「エプシロンは、一度は死んだ。しかし、悪魔と取り引きをして現世に舞い戻った。奴の体内には、悪魔の核がある」
「カク? 何だいそりゃ?」
そこで、ようやく反応できるようになったアランが口を挟んだ。が、リリスに頭を小突かれる。
「悪魔の核っていうのはね、いわば人間に寄生し怪物化させている虫みたいなもの。坊や、偉大なる預言者さまが、ようやく話せるようになったのよ。話の腰を折っちゃ駄目じゃない」
「えっ? あっ、いや、すみません」
なぜか素直に謝るアラン。一方、デリシャスは先ほどの奇行が嘘のように、落ち着いた口調で語り続ける。
「リリスの言う通りじゃ。その核を破壊せねば、奴は倒せん。が、悪魔の核は通常の手段では破壊できん。剣で斬ろうが槍で突こうが、悪魔の体に邪魔され傷ひとつつけられん。が、ジェイクなら破壊できる。そうだな?」
聞かれたジェイクは、力強く頷いた。
「ああ、俺ならできる。悪魔の核を潰せば、あいつを止められるんだな?」
横で聞いているセリナは、あることに気づいた。ジェイクは、エプシロンを「止める」と言っている。「倒す」「殺す」という言い方はしていない。
ジェイクさんは、まだエプシロンを助ける気なの?
一方、デリシャスは顔をしかめた。少しの間を置き、重々しい口調で語り出す。
「そうなんじゃが、ひとつ厄介な点がある」
「なんだ?」
「エプシロンには、バイコーンがついているのじゃ。ある意味では、あれこそが全ての元凶……エプシロンの力の源でもある」
「バイコーンだと? 二本角の魔獣だよな?」
言ったジェイクの表情が歪む。
バイコーン……確か、ユニコーンの対極に位置する魔獣だったはず。ひょっとして、エプシロンの親友だったユニコーンが魔獣へと変貌したのだろうか。
考えを巡らせるジェイクの前で、デリシャスは頷いた。
「そうじゃ。バイコーンは、いわばエプシロンの魔力の燃料の役割を果たしておる。バイコーンがいる限り、エプシロンの傷はすぐに治ってしまう。なぜなら、バイコーンが魔界より魔力を吸収し、エプシロンに与えておるからじゃ」
「それは厄介だね」
リリスが口を挟んだ。
「しかも、バイコーンの本体は魔界にいる。現世にいるのは、いわば霊体のようなもの。したがって、現世ではバイコーンに傷ひとつ負わせられん」
「だったら、エプシロンを止める方法はないってことか?」
苦渋の表情を浮かべ聞いたジェイクに、デリシャスはかぶりを振った。
「いや、ひとつだけある。もっとも、これは厳しいぞ。針の穴を通すような、僅かなチャンスをひとつひとつものにして、初めて勝利を手にできる……かもしれん」
そこで、デリシャスはコホンと咳払いをした。皆の顔を見回し、ニヤリと笑う。
「聞きたいか? 聞きたいなら、とりあえずわしと一緒に森で瞑想じゃ。その後は、夕日に向かって一緒に走る! そして、共にキャリオン・クロウラーの幼虫を食べる! どうじゃ!?」
わけのわからないことを言ってきたデリシャスに、ジェイクは顔を近づけ囁く。
「ジジイ、そんなくだらねえことをやってる状況じゃないのはわかるよな? 今すぐ方法を言え。でないと、もう遊んでやらねえぞ」
「そ、それはひどいのじゃ……こんな孤独な老人を──」
か弱い乙女のような仕草をするデリシャスを、ジェイクは無言のまま睨みつけた。
少しの間を置き、言葉を放つ。
「いいから、早く言え」




