ジェイクの復讐と、セリナの煩悶
ジェイクは立ったまま、レオニスを見下ろす。その目は、危険な光を帯びている。
「最後に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「ジュジャクの館で、変わり果てたフィオナと会ったんだよな。その時、どう思った?」
その問いに、レオニスは唇を噛み締める。様々な感情が渦巻いているのが見て取れた。
ややあって、彼は体を震わせながら語り出す。
「全ては家のためだ。貴族には、家を守る義務がある。あの娘は強かった。しかも、長いものに巻かれることのできない性格だった。わしが、フィオナのしでかしたことの後始末にどれだけ骨を折ったか、お前たちにはわかるまい」
言った後、レオニスはジェイクを睨みつける。
「そう、お前のような下民に、貴族の苦しみはわからん!」
途端に、ジェイクの拳が放たれた。またしても壁をぶち破り、穴を空ける──
「そんなもん、わかりたくもねえよ! 家のためなら、娘が死んでもいいっていうのか!」
叫んだジェイクに、レオニスは苦しそうな顔をしながら答える。
「我が家は、百年続く名家なのだ。それを、フィオナひとりのために断絶させるわけにはいかん」
「黙れ!」
ジェイクが怒声を放つと、空気が震えた。
「フィオナは言ったんだ! いつの日か、国境をなくしたいと! 世界をひとつに結んで、誰もが幸せに笑える、そんな世の中にしたいと! あんた、この言葉をどう思う! こんな大きな夢を抱いていたフィオナの命を、あんたは家のために使い捨てただけだろうが!」
レオニスは唇を震わせたが、言葉を返さなかった。いや、返す言葉がなかったのだ。室内には、沈黙が広がる。
その沈黙を破ったのは、ジェイクだった。
「俺は、あんたをこの場で殺したい。殺せば楽だよな。怒りをぶつける相手を消してしまえば、スッとする。でも……それじゃ、あの子の苦しみも、涙も、すべて無駄になる」
「何をする気だ?」
レオニスが怯えた表情で問うた。その顔からは、かつての英雄の面影はない。死に怯える、ただの老人に過ぎなかった。
そんなレオニスに、ジェイクは表情を変えずに答えた。
「貴様に、一生癒えない痛みを贈ってやるよ」
次の瞬間、ジェイクの足が振り下ろされる。レオニスの膝を完璧に撃ち砕いたのだ──
「ぐあああああッ!」
レオニスが悲鳴をあげる。その足は骨が砕け、関節が逆に曲がっていた。もう二度と、まともに歩くことはできないだろう。
一方、ジェイクは冷静に語っていく。
「その足を見る度、娘を地獄に送ったことを思い出せ。痛みを感じるたびに、あの子の名を思い出せ。お前が守った家の重みで、地を這いつくばって生きていけ」
直後、ジェイクは歩いていく。振り返ることなく、部屋から去っていった。その後を、アランたちもついていく。
残されたのは、呻き声をあげるレオニスと、床に染みる血の音だけだった。
全員、無言のまま外を歩いていく。今、見聞きしたものの衝撃に、誰も何も言えずにいたのだ。
だが、その沈黙をセリナが破る。
「グノーシス枢機卿のせいで、フィオナさんは死んだのですね」
「ああ、そうだよ。君も聞いただろ」
答えたのはジェイクだ。その声には力がなく、表情も虚ろであった。
対するセリナは、堰を切ったように語り出す。
「私は、グノーシス枢機卿を尊敬していました。敬愛する父親のような存在だと……私は今まで、そう思っていました。枢機卿のために、様々なことをしてきました」
そこで、セリナの目から一筋の涙が溢れる。その涙を拭った。
「私は、枢機卿のために働いていた人間です。そんな私が、あなた方の仲間になる資格はありません。ここで、抜けさせてください」
その言葉に、アランが慌てて彼女に近寄る。
「ちょっと待ちなよ! セリナちゃんには関係ないだろ!」
「そうだ。悪いのはグノーシスじゃねえか。セリナちゃんは悪くねえ」
スノークスも、なだめるような口調で言った。しかし、ジェイクは頭を振った。
「そのグノーシスを、これから俺たちは断罪しなきゃならないんだ」
言った後、ジェイクは皆の顔を見回した。そして、最後にセリナを見つめる。
「セリナ、君に無理強いはできない。このまま行けば、俺たちはグノーシスの罪を暴くことになる。あるいは、エプシロンが殺すかもしれん。いずれにせよ、グノーシスはもう長くない。君にとって、つらいことだろう。抜けるのも、仕方ない」
そう言うと、ジェイクは深々と頭を下げる。
「ここまで付き合ってくれて、本当にありがとう。おかげで助かったよ」
その言葉に、セリナは涙を浮かべる。しんみりした空気が、場を支配している。アランもスノークスも、なんとも言えない表情を浮かべていた。
だが、その別れの雰囲気をぶち壊したのはリリスであった。
「ちょいちょいちょい! あたしにも言わせてくれないかな」
叫んだかと思うと、リリスはセリナの正面に立つ。
そのまま、凄まじい形相で顔を近づけていった。
「セリナ、あんたこれからどうする気? 今まで通り、グノーシスの飼い犬として暮らす気なの?」
「ち、違います!」
慌てて否定するセリナだったが、リリスはなおも問い詰めていく。
「だったらさ、何すんの?」
「それは……」
言葉につまり、下を向くセリナ。すると、リリスは微笑みながら語り出す。
「何をするにしろ、グノーシスの飼い犬はやめるんだろ。だったらさ、手伝ってよ。あたしらだけじゃ大変だから」
そう言って、リリスはセリナの肩を叩く。
「それにさ、ここで逃げちゃ駄目だよ。自分の過去に、きちんとケリをつけるんだ。それに、自分の気持ちにもね。でないと、あんた一生後悔することになるよ」
その言葉に、セリナは顔をあげた。少しの間を置き、声を絞り出す。
「私……皆さんと一緒にいて、いいんですか?」
その問いに、ジェイクが頷いてみせる。
「君が望むなら、いても構わないよ。いや、本音を言うなら……俺は、君にいて欲しい。君が必要だ」
「まったく……そう思ってるなら、最初から言いなよ」
言いながら、リリスがジェイクの頭を小突いた。直後、セリナが力強い表情で口を開く。
「わかりました、私、最後までやり遂げます」
そんなやり取りを見ながら、アランがひとり呟く。
「やべえ。俺、グッと来ちまった。リリスさん、カッコいい……」
・・・
その日の夜、アグダー帝国では──
「なるほど。あなた方は戦争にかこつけ、不満分子たちを始末したのですか」
エプシロンが、不気味な声で尋ねた。
「そ、そうです! グノーシス枢機卿が、そんな話を持ちかけてきたんです!」
答えたのは、スパーク大公である。
身長は低く小太りで、色は白い。顔の造りは若く……いや、幼いと言った方が正確か。寝間着姿で、寝室にてブルブル震えていた。
この男は、アグダー帝国でも帝王バルドの次に偉い。貴族間の発言力は絶大であり、彼に逆らえる者などいないであろう。
そんなスパーク大公だが、今は猫に睨まれた鼠のように惨めに震えている。だが、それも仕方ないだろう。屋敷内の衛兵は、エプシロンによって皆殺しにされたのだから……。
「そうですか、なんとも悲しい話ですね。あなた方は、人間をゲームの駒としか思っていないのですね」
エプシロンは、困ったものだとでも言わんばかりに溜息を吐く。
だが、直後にスパークの右腕をつかんだ。
「ならば、あなたもゲームの道具として扱ってあげましょう」
言ったかと思うと、エプシロンは彼の腕を握りしめる。
スパークの口から悲鳴があがった。彼の右腕は、エプシロンに握り潰され完全にちぎれてしまったのだ。
「さて、次は左腕です。いきますよ」
エプシロンは楽しそうに言いながら、スパークの左腕をつかんだ。
またしても悲鳴があがる。スパークの左腕もまた、一瞬で握り潰されてしまったのだ。
「これで、両腕がなくなりましたね。次は右足です」
そこで、スパークはようやく動いた。涙と鼻水とよだれを撒き散らしながら、狂ったように叫ぶ。
「やめでぐだざい! おねがいじまず!」
「何を言っているのですか。あなたは、私のゲームの駒です。両腕両足を引きちぎって、それでも生きていられたら許してあげましょう」
言いながら、エプシロンが手を伸ばす。その時、スパークの体はガクガク痙攣を始めた。
だが、それは長く続かなかった。彼の首は、だらりと崩れ落ちる。両腕を切断されたことによる痛みと大量の出血により、ショック死してしまったのだ。
「おやおや、死んでしまいましたか。人をゲームの駒にするわりには、根性がないですねえ」
つまらなさそうに言うと、エプシロンは無造作に手を振り下ろした。
エプシロンの手は、スパークの体に突き刺さる。直後、引き抜かれた手には心臓が握られていた。
その心臓を見て、エプシロンはニヤリと笑う。
次の瞬間、心臓を貪り食った──
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