レオニスの語った真相
ジェイクらは、アーセナル地区へと入っていった。
ここは、ゾッド地区とは完全に違う世界である。道路はとても広く、石が敷き詰められていた。その道路沿いには、レンガ造りの大きな建物が並んでいる。さらには、等間隔で街灯も設置されているのだ。入るのに、通行証が必要なだけのことはある。
道は馬車が行き交い、交通整理の役目を果たす兵士たちや清掃員のような者たちまでいる。ゴミや犬のフンなど、どこにも落ちていない。
「凄いですね……」
思わず呟いたのはセリナだ。言うまでもなく、彼女はこんな場所に来たことなどない。
「こういう場所は、どうも気に入らないねえ。さっさと終わらせて、早くおさらばしようよ」
町並みを睨みながら、毒づいたのはリリスである。
「俺は、ここは嫌いじゃないが……今回ばかりは、さっさと引き上げるとしようぜ」
ジェイクが言い、皆が頷いた。
やがて、ジェイクは一軒の建物へと入っていく。
外観は、重厚なレンガと石造りが組み合わさったものだ。中へ一歩足を踏み入れると、壁には甲冑や槍や盾などが規則正しく並べられている。
また、ひときわ目立つ場所にはレオニスの肖像画がかけられている。帆のように広い肩に軍服を纏った男の目は鋭い。そう、ここはフィオナの父親、レオニス・ドルクの別宅である。
その中を、ジェイクはひとり進んでいく。使用人や老臣たちは規律正しく動いているが、部外者であるはずのジェイクのことを完全に無視していた。そう、これも彼の霊拳術の技である。風の精霊の力を借りて体を透明化し、中へと侵入したのだ。ついでに、門の鍵も開けてある。後から来る者たちが、問題なく入れるようにだ。
やがて、ジェイクは目指す場所へとたどり着く。ひときわ目立つデザインの扉を、そっと開けてみた。
「誰だ?」
椅子から立ち上がった男は、レオニス公爵だ。かつては、戦場で名を馳せた名将である。体は大きく、片目には黒い眼帯を付けていた。体には、細かな傷痕が幾つもある。かつての戦いの名残りであろう。
だが今、彼の風貌にはかつての威厳はない。代わりに、老いた獣のような疲れが滲んでいた。
ジェイクは術を解き、姿を現した。恭しい態度で頭を下げる
「お初にお目にかかります。私はジェイク、あなたの娘であるフィオナに結婚を申し込んだ霊拳術士ですよ」
「結婚だと? ふざけたことをぬかすな、この下民が」
開口一番、レオニスが吐き捨てる。ジェイクの強さすら、見抜けなくなってしまったらしい。戦場を駆けていた頃ならば、一目で彼の発する闘気を感じられたことだろう。
だが今は、その感覚すら消えてしまった。
「下民だと!? よくいうぜ! 俺が下民なら、お前は何なんだよクサレ外道が!」
ジェイクは、鋭い表情で言い返した。先ほどまでの礼をつくした態度は、綺麗さっぱり消え失せている。
すると、レオニスの目に怒りの光が宿る。壁にかけてあった剣を抜き、凄まじい形相で睨みつけた。
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやる! このクサレ外道! お前は自分の娘をクズ共に売り渡したろうが!」
途端に、レオニスの表情が変わった。怒りはもちろんだが、その目には怯えの色もある。なぜ、お前がそれを……とでも言いたげな様子だ。
「な、何をふざけたことを言っている! 無礼を申すと許さんぞ!」
怒鳴り、剣を振り上げ突進する。
かつては、イスタルでも恐れられた勇将であったレオニス。だが、今のジェイクの敵ではなかった。振り下ろされた剣の軌道を簡単に見切り、スッと背後に回った。
腕を首に回し、一気に絞め上げる。レオニスはもがいたが、ガッチリ極まった絞め技を外すことなどできない。
レオニスは、あっという間に意識を失った。ジェイクは、彼の体を縛りあげる。
直後、部屋の中に新たな者たちが入ってきた。セリナ、リリス、アラン、スノークス……そう、ジェイクの仲間たちである。
「下の連中は、きっちり眠らせといた。たぶん、日が暮れるまで目は覚まさないよ」
言ったのはリリスだ。
彼らの計画はこうだ。まず、ジェイクが風の力で透明になり、高い塀を乗り越え侵入し門の鍵を開ける。次いで、残りのメンバーが入り込む。番兵や使用人らは、リリスが魔法で眠らせる……というものだ。
全ては、レオニス公爵の口から真相を聞き出すためであった。
やがて、レオニスの目が開いた。ジェイクらの姿を見るなり、手足をバタバタさせ叫び出す。
「何をしている! 賊が侵入したのだぞ! 出てこんか! 何をしておる!」
「叫びたいなら、好きなだけ叫びな。でもね、誰も来ないよ」
リリスが、からかうような口調で言った。次いで、スノークスが溜息を吐く。
「レオニス公爵って言えば、俺らの若い頃の英雄だったぜ。戦場にて、ひとりで百人を斬り捨てた……なんて伝説を聞いて、俺は胸をときめかせたもんだよ。それが、こんな情けねえオッサンになっちまうとはな。俺は悲しいよ」
そう言って、頭を振った。すると、レオニスの動きがピタリと止まる。スノークスの言葉が、彼の心に何らかの影響を与えたらしい。
「お前ら、何が目的だ?」
震える声で聞いてきた。それに対し、まず口を開いたのはジェイクだ。
「あんた、フィオナに何をしたか言え」
「は、はあ? 何を言っている? フィオナは死んだ。先の戦争で戦死したのだ」
レオニスは答えたが、声に続き体までもが震えてきた。
その答えに、ジェイクは拳を握りしめる。凄まじい形相で立ち上がると、壁めがけ突きを叩き込んだ。
次の瞬間、壁に穴が空く──
「もう一度聞く。フィオナに何をした? ふざけたことを言ったら、お前を殺す」
ジェイクの声も震えていた。言うまでもなく、怒りゆえである。レオニスを見る目も血走っていた。放っておけば、本当に殺してしまいそうだ。
その時、スノークスが口を挟む。
「ちょっと待ってくれよ。レオニスさん、俺は昔ジュジャクの館で門番をしてた。この名前、知ってるよな?」
「そ、そんなもの知らん」
「えー、そんなはずないだろ。俺、あんたが来るの見たんだぜ」
もちろん見てなどいない。ただ、話に聞いているだけだ。
しかし、レオニスはすぐに反応する。
「ふ、ふざけるな! なぜ、公爵であるわしが、あのような下劣な売春宿に行かねばならんのだ!」
その時、スノークスの顔に不敵な表情が浮かぶ。
「あっれえ? 変だなあ? 俺、ジュジャクの館が売春宿だなんて一言も言ってないぜ。なんで、ジュジャクの館が下劣な売春宿って知ってんの?」
スノークスの言葉に、レオニスの顔から汗が吹き出した。何も言えず、残った片目を左右に動かす。
その時、セリナがようやく口を開く。
「正直に話してください。むしろ、話してしまった方が楽になりますよ」
彼女の声は、不思議なほど静かで優しいものだった。
レオニスは、操られているのかのように語り出した。
「初めは、グノーシス枢機卿だ……あの男が、私の前に現れ言ったのだ。フィオナのしたことのせいで、イスタル国は危機に瀕していると」
皆、固唾を飲んで聞き入っていた。もっとも、ジェイクだけは違う態度だ。拳を握りしめながらも、どうにか怒りを堪えていた。
そんな中、レオニスの話は続く。
「どういうことか、と聞いた。すると、グノーシスは答えたよ。アグダー帝国のエドマンド伯爵に、大変な恥をかかせてしまった……このままでは、両国の衝突は避けられん、とな。そうなれば、事はフィオナひとりの問題ではすまなくなる。大勢の人間の首が飛ぶ、とな」
聞いた途端、セリナは顔をしかめた。同時に、膝から崩れ堕ちる。彼女にとって、もっとも聞きたくない話だったのだろう。
それでも、レオニスは語りをやめなかった。
「わしは、どうすればいいか聞いた。奴は、こう言ったよ。イスタルとアグダーは、一旦は交戦状態に突入する。そこで、フィオナと数人の貴族には犠牲になってもらう。その時に、グノーシスが間に入り和平条約を結ばせる。これで、万事は丸く収まる。嫌だと言うなら、両国は本物の戦争をしなくてはならない」
そこで、レオニスの顔が歪む。
「わしは、うんと言うしかなかった……」
「やっぱり、そうだったんだな」
聞いていたジェイクが、呟くように言った。すると、アランが怪訝な表情を浮かべる。
「ど、どういうことだよ?」
尋ねると、ジェイクは目をつぶり、深く呼吸する。感情を、どうにかコントロールしようと努めているのだ。
ややあって、震える声で答える。
「要は、お互いの国にとって邪魔な貴族たちを、戦争にかこつけて消しちまおう……そういう計画だったのさ。フィオナは、その犠牲にされたんだ」




