三者三様
「と、いうわけだ。俺がつかんだ情報は、ここまでだよ」
ジェイクが語り終えると同時に、セリナが口を開く。
「そんな……グノーシス枢機卿が、そんなことをするはずがありません!」
「さあ、どうだろうねえ。あたしなんか、ライブラ教の信徒に殺されかけたこともあったしね。グノーシス枢機卿だって、裏では何してることやら」
リリスの茶化すような言葉に、セリナはきっと目を吊り上げる。
「あなたに、ライブラ教の信徒の何がわかると言うのですか!」
「おやおや、あたしにケンカ売る気かい?」
言ったリリスも、鋭い表情になっていた。と、そこにジェイクが割って入る。
「ちょっと待ってくれ! まず、ふたりとも俺の話を聞いてくれ!」
「セリナ、これは、あくまで俺が調べた情報だ。証拠はない。だから、本当にグノーシス枢機卿が絡んでいるかどうかはわからない。それでも、その可能性は高いと俺は思っている」
だが、セリナは彼から目を逸らした。聞く耳もたず、という意思を感じさせた。
それでも、ジェイクは語り続ける。
「だから、君がここで抜けるというのなら、それは君の自由だ。付いてくれば、君は知りたくもない真実を知ることになるかもしれない」
「さあ、他のみんなもどうする? ここから先は危険だし、最終的にはエプシロンという桁外れの化け物と殺り合わなくてはならないんだ。それでも来るか? まずは一日考えてみてくれ」
そこで、ジェイクはアランの方を向いた。
「アラン、お前はどうするんだ? 抜けるなら今のうちだぞ」
「あのなぁ、俺がそんな話を聞かされて、黙って抜けられるわけねえだろ」
答えたアランの表情は、真剣そのものであった。普段のヘラヘラした様子は、完全に消え失せている。
「いや、しかしな──」
「冗談じゃねえぞ。俺は行く。お前がなんと言おうが付いていく。そして、団長の死の真相を探るんだ。でなきゃ、俺は団長に顔向けできねえよ」
ジェイクの言葉を遮り、アランは強い口調で言い切った。
「アラン……」
「団長はな、放蕩息子だの甘ったれだの言われていた俺を認めてくれた人なんだよ。お前は熱い心を持っている、その熱い心こそ騎士に必要だ……って言ってくれた人だ。その恩人が、ふざけた理由で死んだ……そんなの、許せるわけねえだろ」
「そうか、わかった」
ジェイクには、そうとしか言えなかった。
この男なら、こう答えるだろう……ジェイクにはわかっていた。アランは、何のかんの言ってもお人好しなのだ。しかも、軽薄に見えるが裡に秘めているのは人一倍熱い心だ。
だからこそ、巻き込みたくなかった。しかし、これが運命だったのかもしれない。
次に、ジェイクはリリスに視線を移した。
「リリス、君はどうする? 何なら、降りてもらっても構わないんだぞ。こいつは、下手すると国家間の陰謀が絡んでくる。しかも、最後に待ち受けているのは、悪魔に魂を売った最悪の化け物だ。降りても、俺は文句を言えねえよ」
「うーん、どうしよっかな……」
からかうような表情であった。が、すぐに顔つきが変わる。
「やっぱ、あんたたちと行くよ」
「ほ、本当か?」
「だってさ、こんな話を聞かされたら、知らん顔できないじゃん。それにさ、この坊やからガッポリふんだくれそうだからね」
言いながら、リリスはアランの腕をつつく。と、アランはしどろもどろになった。
「えっ、いや、その、それは……」
「リリス、ありがとう」
ジェイクは、神妙な顔つきで頭を下げた。次に、セリナの方を向く。
「セリナ、君は無理に付いてくる必要はない。とにかく、よく考えてくれ。ただ、これだけは忘れないで欲しい。俺は、ライブラ教を否定する気はない。ただ、グノーシス枢機卿の裏の顔を暴きたいだけだ。どこの世界にも、良い奴もいれば悪い奴もいる。グノーシスは、その悪い奴だっていうだけだ」
言った後、ジェイクは三人の顔を見回した。
「この黒猫亭は、宿屋も兼ねているんだ。とりあえずは三部屋借りてある。ここで一晩、ひとりで考えてくれ。アランもリリスも、自分の選択についてよく考えてみるんだ。明日になって気が変わり、抜けてもらったとしても構わん」
「あたしら全員が抜けたら、あんたどうする気? ひとりでやるの?」
軽い口調で尋ねたリリスに、ジェイクは苦笑しつつ答える。
「そん時は、俺がひとりでエプシロンを止める。それしかないだろう」
翌日の朝。
一番初めに起きたのはジェイクだった。彼は、そのまま一階へと降りる。無言のまま、店の隅にあるテーブル席に腰掛けた。
ゼシカもまた、無言で彼を見ている。言うまでもなく、彼女は詳しい事情など知らない。だが、ジェイクらが大変な状況にあることは理解している。下手に口を出してはいけないこともわかっているのだ。
まず、最初に降りてきたのはアランだった。彼はジェイクと同じテーブル席に腰掛け、口を開く。
「あんな話を聞かされて、降りれるわけねえだろ。俺は行くぜ。死んだら、とりあえずお前に取り憑いてやるからな」
そう言って、アランは笑った……と、その後ろにいたのはリリスだ。音もなく現れ、アランの頭を撫でる。
「ふーん、坊やのくせに熱いじゃない。あたし、お熱いのは嫌いじゃなくてよ」
「は、はひ?」
慌てた様子で聞き返すアランだったが、ジェイクが口を挟む。
「リリス、君はどうなんだ?」
「今、ちょうど暇なのよね。行くしかないでしょ」
それから、一時間ほどが経過した。
ジェイクたち三人は、黒猫亭一階のテーブル席に座ったままだ。皆、何とも言えない表情を浮かべている。
正直、あのセリナに抜けられたら、エプシロンとの戦いはさらに厳しいものになるだろう。かといって、彼女に無理強いすることはできない。
セリナの意思を、尊重しなくてはならないのだ。
やがて、セリナが降りてきた。思いつめた表情で、ジェイクの前に立つ。
「どうするんだ?」
ジェイクの問いに、セリナははっきりと答える。
「私、ジェイクさんたちと一緒に行きます。真実を確かめたいんです」
「君にとって、つらい結果が待っているかもしれないぞ」
「そうでない可能性もありますよね? それに、ここまで来た以上、今さら引き下がることなどできません。何が起きていたのか、自分の目で見て、自分の耳で聞きたいんです」
・・・
その頃、イスタル共和国のライブラ教大聖堂では──
「なんですと!? ジェイクの隣に、我がライブラ教の聖女がいたのですか!?」
闇に覆われた地下室にて、グノーシス枢機卿の声が響き渡った。
険しい表情で尋ねたグノーシスの前に立っているのは、ゲルニモとピューマである。どちらも、教師に叱られている子供のごとき態度だ。
「はい、間違いありません。俺は、この目ではっきりと見ました。しかも、聖女は光の魔法を俺にかけてきました。お陰で、ジェイクを仕留め損なったのです」
答えたのはゲルニモだ。ピューマはというと、戦闘中のテンションが嘘のようにおとなしい。口を閉じたまま、下を向いている。
「そうですか。それは困りましたね。となると……」
グノーシスは、背後の闇に視線を向ける。
「アインリヒ、あなたに命令します。ラーヴァナ全員で、ジェイクとその聖女を始末するのです」
言った途端、後ろの闇から現れた者がいる。
それは、漆黒の肌を持つダークエルフであった。髪は銀色で、灰色の瞳はアーモンド型をしている。目鼻立ちは整っているが、それよりも体にまとう異様な空気の方が強いインパクトを与えるだろう。
粗末な革の鎧を身につけ、腰には細身の剣を下げている。さらに、背中には矢筒を装着し右手には弓を持っている。
そんなダークエルフのアインリヒは、グノーシスに向かい首肯した。
「わかりました。そのふたり、必ずや仕留めてみせます」
「できるだけ早く終わらせるのですよ。でないと、面倒なことになりそうですからね」
そう言って、グノーシスは微笑んだ。




