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魔人転生〜フィオナは戦争にいった〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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18/31

アランの頼み

「クソッ、俺としたことが……」


 ジェイクは毒づいた。

 バーレンのゾッド地区は、犯罪多発地帯である。道行く人のうち、ふたりにひとりは(すね)に傷持つ身だ。油断していると、路地裏に連れ込まれ身ぐるみ剥がれかねない。

 もっとも、犯罪者というのは相手を選ぶ。さらに、ここいらの人間は嗅覚も鋭い。ジェイクのような男に手を出したらどうなるか、一目で判断できる。したがって、ひとりならば周囲に気を配る必要もなかった。

 しかし、今日は隣にセリナがいる。彼女に気を配るあまり、危機を察知するアンテナがうまく働いていなかった。

 結果、あんな大男の接近を許してしまった。痛恨のミスだ。


「な、なんだよあいつ……お前の知り合いか?」


 アランの声は震えていた。さすがの彼も、今の状況が危険であることに気づいたのだろう。

 ジェイクらの周りにいた者たちはというと、瞬時に離れて行った。彼らは、危険を察知する能力には長けている。ジェイクと大男との間で何が起きるかをすぐに察し、巻き添えを食うまいと移動したのだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。こうなれば、ぶっ倒すまで……ジェイクは、アランにそっと囁く。 

 

「アラン、このお嬢ちゃんを頼むぞ」


 その時、ジェイクは顔をしかめパッと振り向いた。もうひとり、強烈な殺気を放つ者の存在を感知したのだ。なぜ、ここまで気づけなかったのか……もはや、どうかしていたとしか思えない。

 自分のヘマに舌打ちしたジェイクだったが、新たな乱入者は彼とは真逆の気分のようであった。 


「ジェイク……ジェイクジェイクジェイクジェイク! ひぃさしぶりぃだぁなあぁ! 嬉しいぜ! 嬉しくてションベンちびりそうだぜ! ヒャッホー! ウェーイ! 俺はノッてるぜぇ!」


 奇怪な叫び声をあげたのは、彼らの後ろに立っていた男であった。

 彼は身長こそ低いが、その小柄さを補って余りある異様な威圧感を放っていた。細身の体は筋肉が浮き出し、まるで猫のようなしなやかさと俊敏さを感じさせる。目は細く、髪は黒く逆立ち乱雑に跳ねている。

 その両手には、手入れの行き届いた二本のナイフが握られている。ナイフの刃は細く長く、鋭利で、光を受けると冷たく光った。ピューマはその刃を指先で軽く弾くように扱い、まるで指の延長のように自在に操る。常に身を低く構え、飛びかかる瞬間を今か今かと狙う獰猛さを滲ませていた。


 あまりの異様さに、セリナとアランは後ずさる。だが、小男は彼らのことなど見ていない。ただ、ジェイクのことだけを見ていた。


「俺はピューマだぁ……覚えてるよなあジェイク。なあジェイク! なあジェイクよう! お前を殺す日を、ずっとずっと夢見てたぜえ! イエェェイ! ウワァオウ! イェイイェイウォウウォウだぜ!」


 またしても奇怪な叫び声をあげるピューマ。だが、ジェイクはこんな男に見覚えなどない。


「随分とご機嫌だな。けど、俺はお前なんか知らないぜ。誰かと間違えてねえか?」


 軽い口調で言ったジェイクだったが、その言葉はピューマの怒りの炎に油を注いだだけであった。


「はあ!? はあ!? はあ!? 俺を覚えてないだとぉ! ざっけんじゃねえぞ! 決めた! お前は殺す! 絶対殺す! 百回殺す!」


 叫んだかと思うと、身軽な動きで飛び上がった。空中で一回転し、スタッと着地する。


「ほう、凄いじゃねえか。なあ、バカはやめてどっかのサーカスにでも入ったらどうだ?」


 なおも軽口を叩くジェイクだったが、額には汗が滲んでいた。このふたり、掛け値なしに強い。自分ひとりならば、何とか倒せるだろう。しかし、セリナやアランを守りながらとなると……。

 その時だった。剣を抜く音が響き渡る。


「ジェ、ジェイク! 俺も助太刀すっぞ!」


 声を震わせながら叫ぶアラン。ジェイクは、思わず舌打ちした。


「バカ! お前は関係ない! さっさと──」


「ジェイクゥ! いぃくぞおぉ!」


 ピューマが叫んだ。直後、ふたりが同時に動く──


 大男が、その巨体に似合わぬスピードで突進してきたのだ。ジェイクは、咄嗟に地面を転がり避ける。

 が、次の瞬間に己の犯したミスに気づいた──


 バカ野郎!

 俺は何をやってんだ!


 気づいた時には遅かった。大男の動きは止まらず、そのまま直進していったのだ。

 その体当たりを食らったのは、アランとセリナであった。ふたりは、当たると同時に吹っ飛ばされる。その威力は、猛牛の突進をも上回ったであろう。セリナとアランは、軽々と宙を舞った。

 一瞬の間を置き、地面に叩きつけられる。


「クソがぁ!」


 ジェイクは吠え、ふたりを救助に向かう。だが、そこに襲いかかってきたのはピューマだった。二本の短剣がジェイクに襲いかかる。その動きは変幻自在で、軌道が全く読めないのだ。さすがのジェイクも、防ぐのが精一杯である。

 そこに、またしても突っ込んで来た者……大男だ。後ろから、凄まじい勢いで突進してくる。ジェイクは瞬時に動き、またしても地面を転がって躱した。

 その時、金切り声が聞こえてきた。


「こらゲルニモ! てめえは邪魔するな! ジェイクは俺が殺すんだよ! このアホンダラがぁ!」


 叫びながら、ピューマは飛び上がった。空中で一回転し、着地すると同時に二本の短剣を構える。ゲルニモと呼ばれた大男はというと、離れた位置でジェイクの様子を窺いつつ、ジリジリと間合いを詰めてくる。

 ジェイクは、両者との距離を測った。あとひと呼吸するかしないかのタイミングで、ゲルニモとピューマは攻撃を仕掛けてくる。ふたり同時に相手にするのは、正直きつい……と思った時だった。

 突然、呪文の詠唱の声が聞こえた。直後、ゲルニモの顔が光りだす。まるで、光の玉が大男の顔にくっついたかのようだ。

 あまりの眩しさに、ゲルニモは両手で目を覆う。これは、セリナが使った魔法だ。本来、暗い場所に明かりをつけるためのものだが、彼女は咄嗟の機転でそれを攻撃に用いたのだ。

 さらに、とんでもない声が聞こえてきた──


「ナメんじゃねえぞゴラァ! 俺は聖炎騎士団のアランだぞ!」


 喚きながら、剣を振り回しピューマに向かって行ったのはアランだ。でたらめに剣を振り回しているだけだが、想定外の攻撃に、さしものピューマも防戦一方になっている。

 その時、ジェイクも動いた。一気に間合いを詰め、ピューマの顔面に正拳を叩き込む。

 一撃で、ピューマは吹っ飛んでいった。だが、すぐに体勢を立て直す。


「くっそおぉぉ! 顔が痛え! 顔が痛えよおぉ! これもジェイクのせいだ……って、ゲルニモなんだそりゃあ!」


 ようやくゲルニモの状況に気づいたらしい。彼は、慌てて大男のそばに近寄る。

 途端に、空を向いて叫びだした。


「おいおいおいおい! 聞いてねえぞぉ! そっちの方がひとり多いじゃねえかよぉ! 三対二だなんて聞いてねえよぉ! この嘘つき! 卑怯もん! てめえは殺す! 必ず殺す! とりあえず二百回くらい殺してやるぅ!」


 直後、ゲルニモと共に走り去って行ったのだ。


「クソッ! 卑怯もんはどっちだよ! 待ちやがれ!」


 怒鳴り、後を追いかけようとするアラン……だが、ジェイクが彼の腕をつかむ。


「待て、あいつらのことはいい。アラン、大丈夫か? ケガはないか?」


「あっ、ああ、大丈夫だ」


「セリナ、ケガはないか?」


「えっ、ええ。大丈夫です」


 そう言って、セリナは立ち上がろうとした……が、呻き声をあげ顔をしかめる。どうやら、体のどこかを痛めたらしい。

 ジェイクもまた、顔をしかめた。


「セリナ、君は念のため黒猫亭で待っていてくれ」


 言った後、ジェイクはアランに視線を移す。


「すまなかったな、こんなことに巻き込んじまって。とにかく、お前は早くここを離れろ」


「嫌だね」


「お、おい、ふざけてないでさっさと屋敷に帰れ。でないと、また奴らに襲われるかもしれねえんだ」


 そう、奴らはジェイクを狙っていた。

 これは、間違いなくフィオナの件と関係がある。真相に近づいているジェイクに気づいた何者かが、ジェイクを消そうと刺客を送り込んできたのだ。

 このままジェイクと同行していたら、アランも確実に襲われる。


 しかし、アランは首を横に振った。


「ふざけてなんかいねえよ。お前、なんかヤバいことに巻き込まれてんだろ。だったら、俺にも協力させろよ。ちょうど今、暇だしな」


「あのなぁ、こいつは遊びじゃ……」


 言いかけたジェイクだったが、そこで気づいてしまった。

 アランもまた、奴らに顔を見られた。下手すると、この男まで標的のひとりとして狙われる可能性が出てくる。


 となると、俺と一緒にいる方が安全か?


 そんな考えが、ふっと頭に浮かぶ。だが、すぐに打ち消した。アランを、エプシロンとの戦いに巻き込みたくない。


「もう一度言うがな、これは遊びじゃないんだよ。頼むから、帰ってくれ」


「だったらよ、帰る最中にあの変なのに襲われたらどうすんだ? それによ、お前だって困ってんだろ? だったら、俺にも協力させてくれよ。とにかく、俺は無理やりにでも付いていくからな」


「バカ言うな……」


 言いかけたジェイクだったが、そこでデリシャスの言葉を思い出す。


(この先、お前は運命に導かれ過去の因縁の者と再会を果たす。それもまた必然、運命のなせる業じゃ。その再会こそが、お前の目的を果たすために必要な者たちじゃ)


 アランも、そのひとりなのかもしれない……。


 ジェイクは、フゥと溜息を吐いた。


「わかったよ。好きにしろ」






 


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