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魔人転生〜フィオナは戦争にいった〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/35

回想・パーティー会場で起きたこと

 その日、王都イスタルの迎賓館にて、イスタル共和国とアアグダー帝国の親睦会が開かれていた。

 天井に吊るされた水晶のシャンデリアが、光を砕いて舞踏室を照らしていた。貴族たちの笑い声と楽団の演奏が混ざり合い、香の煙が天井近くをたなびく。

 その場に、ひときわ凛とした雰囲気をまとう女騎士がいた。聖炎騎士団団長、フィオナ・ドルクだ。

 ブロンドの髪を巻き上げ、淡い青のイブニングドレスに身を包んだ彼女の姿に、視線が集まっていた。だが、彼女自身はそんなことには頓着せず、礼儀正しくも凛とした姿勢を崩さない。


 会場内を歩くフィオナに近づいてきたのは、アグダー帝国の若き伯爵、エドマンド・グラフトンである。女好きとして知られており、貴族は無論のこと多くの村娘が彼の毒牙の餌食になっている。

 体は大きく、腕力も強い。しかし、その腕力はもっぱら女を押し倒す時にのみ用いられている有り様だ。戦いの経験はなく、演習すら行なっていない。

 はっきり言って、鼻つまみ者である。が、グラフトン家の力は絶大だ。アグダー帝国では、彼に逆らえる者はそうそういない。

 そんなエドマンドは、フィオナの前でさも驚いたかのような表情を浮かべる。 


「おや、イスタルにここまでの麗人がいたとは……私も、まだまだ無知なようですな。まずは、お名前を聞かせていただけませんか?」


 エドマンドは艶然と微笑むが、フィオナは静かに首を横に振る。


「申し訳ありませんが、また今度にしてください」


 その言葉に、エドマンドの笑みがわずかに引きつった。

 すると、アランがそっと口を挟む。


「おや、エドマンド伯爵ではありませんか。こちらは、我が聖炎騎士団の団長であるフィオナ・ドルクさまです。以後、お見知りおきを……」


 そう言って会釈し、次にフィオナの方を向く。


「団長、ちょっとよろしいですか? 聞いていただきたいお話がありまして」


 言いながら、そっと手を引く。アランとしては、これ以上の揉め事を避けるため、フィオナをエドマンドから遠ざけるつもりであった。

 しかし、エドマンドはしつこい男である。ぱっと動き、フィオナの前に立った。


「まあまあ、そう言わずに。自身の気持ちに素直になってみてはどうです? 女だてらに騎士団長など、続けていたところで苦労しかないでしょう。私が女の悦びを教えてさしあげますよ」


 そう言うが早いか、彼はフィオナの腰に手を回した。力ずくで、無理やり抱き寄せようとする。

 しかし、フィオナの体がしなやかに動いた。

 次の瞬間、エドマンドの体が宙を舞い、絨毯の上に叩きつけられる。ジェイクに教わった投げ技が、見事に決まったのだ。

 会場がどよめく。一方、アランは頭を抱えていた。やっちまったよ、という表情が浮かんでいる。


「うっ……うう……」


 起き上がったエドマンドが、フィオナをじろりと睨んだ。


「女だと思って手加減していれば、いい気になりやがって……」


 口から、そんな声が漏れた。だが、フィオナはすました顔だ。


「そうでしたか。でしたら、次は手加減などいりませんよ。さあ、どうぞ。夜伽のお相手は死んでも嫌ですが、素手での格闘戦でしたら、いつでもお相手しますよ」


 そう言って手招きする。

 かっとなったエドマンドは、拳を振り上げ殴りかかった。彼は、体も大きく腕力も強い。武芸の訓練はしていないが、女性相手ならその体格だけで簡単に捻り潰せる……はずだった。

 だが、フィオナ彼のパンチをいとも簡単に躱した。その腕を取って体勢を崩し、瞬時に背後へと回る。

 直後、腕を首に巻き付かせた。キュッと絞め上げる。エドマンドは必死でもがくが、彼女の腕は離れない。

 やがて、エドマンドは白目を剥いて気絶した。フィオナの絞め技により、絞め落とされてしまったのだ。これまた、ジェイクから習った技である。

 しかも、礼服のズボンが濡れていた。股の辺りに、大きな染みができている。

 しばらく沈黙の後、声が聞こえてきた。


「今のは、アグダー帝国式の社交ダンスですかな? 何とも珍妙な踊りでしたな」


 次いで、くすくすと笑い声が漏れ始める。イスタル共和国の貴族たちだ。さらには、貴婦人たちも笑っている。

 フィオナはというと、表情ひとつ変えていない。乱れたドレスの裾を整え、静かにその場を去った。その後を、真っ青な顔をしたアランが続く。


「何をやっているのだ……」


 アグダー国側の貴族が、不快そうな表情で呟いた。




 その翌日。

 ジェイクは、クランの街にあるトレビーの店にいた。当然のごとく、昼間から飲んでいる。

 だが、そこにアランが勢い込んで入ってきた。彼の顔を見るなり、隣の席に座り怒鳴りつける。


「おいおいジェイク、うちの団長に、あんまり変なこと教えないでくれよ!」


「変なこと? なんだそりゃ?」


 突然そんなことを言われ、聞き返すジェイク。アランの方は、苦り切った表情で語り出す。


「昨日な、イスタルとアグダーの親睦パーティーがあったんだよ。そこで団長ってば、アグダーのエドマンド伯爵を投げ飛ばしたんだよ。挙げ句、殴りかかってきたから絞め落としちまったんだ」


「はあ? なんでそんなことになった?」


「いや、エドマンドがさ、団長に声をかけたんだよ。けど、団長ってば完全無視。んで、怒ったエドマンドが無理やり抱きつこうとしたんだ。そしたら、団長が投げちまったんだよ……ったく、公衆の面前で、貴族を投げ飛ばして、挙げ句に絞め落としてんだぜ。まいったよ」


「ハッハッハ、そりゃ笑えるな。俺の教えた技を、ちゃんと使いこなしていたか。さすが、俺の弟子だ」


 そう言って笑っているジェイクを、アランは睨んだ。


「おい、笑いごとじゃねえんだよ。エドマンドはな、かなりヤバいんだって。あいつはな、根に持つタイプだぞ」


「大丈夫だよ。いざとなったら、俺がエドマンドとかいうアホをボコボコにして、しばらく動けなくしてやるから。ま、何かあったら教えてくれ」


 呑気な表情のジェイクを見て、アランは溜息を吐いた。


「お前は、気楽でいいよなあ。だいたい、団長だって世渡り下手すぎなんだよな。上手くあしらって逃げる、ってことができないんだよ。嫌なものは嫌だって、はっきり言っちゃうから。その辺は、もう少し上手くやった方がいいんだよ。なあジェイク、お前からも言ってくれよ」


「俺が言ったところで、聞いてくれるかどうか……まあ、一応は言ってみるよ」


「頼むぜ。あっ、あとな、この件を俺から聞いたってのは言わないでくれ。ちょっと小耳に挟んだ、みたいな感じで切り出してくれよ」


「わかってるって」


 ・・・


 翌日、エドマンド伯爵は苛立っていた。


「クソ、あの女め……俺に、あんな恥をかかせおって!」


 喚きながら、部屋の椅子を蹴飛ばした。

 昨日、アグダー帝国とイスタル共和国との親睦パーティーにて、とんでもない恥をかかされてしまった。よりによって、貴族たちの前で女に投げ飛ばされ、挙げ句に絞め落とされてしまったのだ。

 エドマンド伯爵にとって、これ以上の恥はない。この屈辱、どうやって晴らしてくれようか……。

 その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。続いて、メイドの声──


「伯爵さま、お客さまがお見えになりました」


「俺は忙しい! 気分が悪いとか何とか言って追い返せ!」


「あの、グノーシス枢機卿なのですが……それでも、追い返しますか?」


「バカ野郎! それを先に言え! 殺すぞ!」




 やがて、グノーシスが姿を現した。背は低いが、その全身に異様な空気をまとっていた。白い法衣に身を包み、灰色の瞳が鈍く光っている。

 穏やかな笑みを浮かべているのに、目の奥には氷の刃のような光が潜んでいた。

 その微笑ひとつで、部屋の空気が一瞬にして張りつめる。それが、グノーシス枢機卿という男だ。

 そんな彼に向かい、エドマンドは卑屈な態度で頭を下げる。


「グノーシス枢機卿、わざわざお越しくださるとは……いったい何事です?」


「実はですね、昨日の騒動を耳にしまして……」


「はい? どういう意味です?」


「大した意味はありませんよ。ただ……このままのしておくつもりはないですよね?」


 その言葉に、エドマンドは唇を噛みしめた。思い出す度に腹立たしい気分になる。

 機会があれば、あの女に思い知らせてやりたい。


「フフフ……今、ちょっとした計画があります。我々ライブラ教は、アグダー帝国での信徒数が五万に達しました。エドマンド伯爵の助力のお陰です」


「いや、それほどでも……」


「昨日、騒ぎを起こした女は……我らが教えに対し、異議を唱えた愚か者なのですよ。あのフィオナ・ドルクには、そろそろ痛い目に遭ってもらおうかと思いましてね。既に、レオニス公爵の許可は取ってあります」


「なんだと……」


「この際、あの女に己の愚かさを深く悔いる機会を与えようかと思いましてな。どうです? あなたも加わりませんか?」





 


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