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魔人転生〜フィオナは戦争にいった〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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ユリウス将軍の述懐

 ブラッドベリは、イスタル共和国の中心にそびえる大都市であり、古い石造りの建物と最新の鉄製構造物が入り混じった独特の景観をもっていた。街路は碁盤の目のように整備されているが、ところどころ曲がりくねった裏路地も残され、昼でも薄暗い影を落としている。

 中央広場には噴水があり、市民の憩いの場となっている。昼間は商人や市民でにぎわっており、イスタル共和国の首都と呼ぶに相応しい華やかさである。

 商業地区の雑踏、貴族街の広々とした並木道、工房の煙突から上る煤煙などなど、ブラッドベリは生きている都市の息遣いを感じさせる。


 ユリウス将軍の屋敷は、ブラッドベリの中でもひときわ異彩を放っていた。外壁は漆黒の石で積まれ、表面には鋭い装飾が施されている。屋根の先端には金属製の槍のような装飾が並び、一目で身分の高い者の邸宅であることがわかる。

 敷地の入口には二重の門があり、重厚な鉄格子の門扉は昼夜を問わず厳重に閉ざされている。門の横には常に数名の衛兵が立ち、来訪者を慎重に見極めていた。中庭には整然と剪定された庭木と噴水が配置されていた。

 そんな将軍宅に、ひとりの男が侵入していたことには、誰も気づいていなかった。



 夜、ジェイクは足音を立てずに屋敷内を進んでいく。途中、見回りの衛兵とすれ違ったものの、誰も彼を咎め立てしたりしない。それどころか、存在にすら気づいていないかのようである。

 これもまた、霊拳術士の術のひとつであった。風の精霊の力を借り、自らを空気と同化させるというものだ。ただし、誰かに触れたり触れられたりした場合、術は一瞬にして解けてしまう。しかも、制限時間は非常に短い。あと少しで、術の効果が切れる。

 その前に、目的地まで辿りつかねばならない。


 もっとも、目指す部屋にはあっさりと辿り着いた。ひときわ目立つ造りの扉だが、鍵がかかっている。

 仕方ない、もったいないが破壊しよう。ジェイクは、扉めがけ拳を打ち込む。同時に、術も解けた。

 次の瞬間、金の装飾付き扉は一瞬で吹き飛んだ。中では、ユリウス将軍と奥方がギョッとした顔でこちらを見ている。何が起きたのか、まだ把握できていないのだ。

 ジェイクは、すぐさま動いた。瞬時に奥方へと近づき、首に手刀を打ち込む。

 奥方は、バタリと倒れた。もっとも殺したわけではない。気絶させただけだ。

 こんな状況にあってなお、ユリウスは何が起きているのかわかっていないようだった。寝ぼけているのか、あるいは平和ぼけか。なにせユリウスは、将軍という称号を持っているが、戦場に出たことはない。将軍の地位を、金で手に入れたという噂だ。

 

「誰だ貴様……」


 ユリウスは、それしか言えなかった。対するジェイクは、手をスッと伸ばす。あまりにも自然で敵意の感じられない動きだ。そのため、反応できなかった。

 直後、ユリウスの口が開きっぱなしとなる── 


「悪いが、顎を外させてもらった」


 冷酷な表情で、己のしたことを語るジェイク。だが、ユリウスはそれどころではなかった。懸命に、顎を元に戻そうとしている。その様は、滑稽でさえあった。

 そこに、ジェイクの拳が飛ぶ。充分に手加減した一撃が、腹に炸裂した。

 途端に、ユリウスは叫ぶ──


「あ、あがー!」


「うるせえよ」


 言いながら、ジェイクはさらに殴りつける。今度は、先ほどより強めだ。

 ユリウスは、その一撃で倒れた。腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。

 ジェイクはしゃがみ込むと、ユリウスの髪をつかみ無理やり引き起こす。


「あんたにひとつ聞きたい。先の戦争で、聖炎騎士団はとある場所に行くよう命令された。ところが、移動中に敵の奇襲を受けた。そこで、団長であるフィオナは退却を命じ、自らは殿(しんがり)の任を務めた。結果、団員はひとりの犠牲もなく退却した。フィオナを除いて、な。フィオナは、その時戦死したということになっている」


 途端に、ユリウスの表情が変わった。目つきが変わり、体も震え出した。

 そんなユリウスに、ジェイクはゆっくりも語っていく。


「聖炎騎士団にウドの森に行くよう命じたのは、あんただと聞いた。なあ、なんでそんな命令をしたんだよ? あんな坊っちゃん騎士団を前線に送ってどうすんだよ? 意味がわからねえ。なあ、俺にもわかるよう説明してくれや」


 そう言うと、ジェイクは彼の顎をつかんだ。途端に、ヒッと叫んで逃れようとしたユリウスだったが、ジェイクの手は外れない。


「おい、動くんじゃねえよ。今、顎を戻してやる。だから、知っていることを吐いてもらおうか」


 次の瞬間、ゴキッという音が響き渡る。ユリウスは、苦痛のあまり顔をしかめた。

 だが、顎が動くようになったことに気づく。ユリウスは、まず軽く口を開け、次いで閉じてみた。その間、ジェイクは何もせず無言で彼の様子を見ていた。

 やがて、ユリウスは喋り出す。


「お、お前は誰だ──」


 言葉の途中、ジェイクがユリウスの右腕をつかむ。

 次の瞬間、肘関節をへし折った──


「俺の質問に答えろ」


 ジェイクの声は冷たく、敵意に満ちている。ユリウスは、顔をしかめながら言葉を絞り出した。 


「あ、あれは……その……」


 そこで、ユリウスは悲鳴をあげる。ジェイクが彼の手をつかみ、指をへし折ったのだ。


「悪いな。指を痛くするだけのつもりが、へし折っちまった。早く答えないと、もう一本折るよ」


「あ、あれは私ではない! グノーシス枢機卿から言われたんだ!」


 その瞬間、ジェイクの表情が変わった。ユリウスを鋭い目で睨みつつ尋ねる。


「グノーシス枢機卿? ライブラ教のクソ坊主が、なんでイスタル共和国の軍議に口を出すんだ?」


「わ、私は知らん! 枢機卿が言ってきたんだ!」


「そうかい……ようやくカラクリが見えてきたぜ」


 言った直後、ジェイクの拳が飛ぶ。ユリウスの腹に炸裂し、彼はそのまま倒れた。

 ジェイクは、そのままユリウスの屋敷を後にした。




 計画の全貌が、少しずつ見えてきた。

 ライブラ教は、その治癒魔法の力と弱者を救う慈悲の心、さらに権力者たちへの根回しにより、あっという間に勢力を拡大していった。グノーシス枢機卿は、そのライブラ教において絶大なる権力を持つ男である。彼の発言は、イスタルやアグダーのような大国すら無視できないものだ。

 

 そんなライブラ教だが、彼らの治癒魔法でも治すことのできないものがある。死とヨアキム病だ。

 ヨアキム病にかかると、まず皮膚に特徴的な腫瘍ができる。次いで、手足の痛さや痒さといった感覚が麻痺していく。やがて麻痺が全身に広がり、手足を切断しなくてはならなくなるのだ。

 さらには目や鼻も機能しなくなり、やがて死に至るという病である。


 ライブラ教の治療魔法では、ヨアキム病を治癒することができなかった。やがてライブラ教は、こんな教えを公布する。


「ヨアキム病は、前世に犯した罪によりかかる病である。いわば、その人間の業がもたらす病気なのだ。ヨアキム病が治らないのは、己が前世で犯した罪のためだ」


 これでは、ヨアキム病患者たちは罪人たと言っているのと同じである。

 実際、ヨアキム病にかかったと知られれば、リンチ同然の目に遭い、住んでいる街や村を追い出される。中には、家族もろともリンチで殺されてしまったこともあったという。


 今やヨアキム病は、かかってしまえば人として生きることすらできなくなってしまう。前世で、恐ろしい罪を犯した悪人として差別され、住んでいる場所を追放され人知れず死んでいくしかない……もはや、単なる不治の病ではないのだ。

 しかし、フィオナはヨアキム病を治す方法を知っていたのである。

 ジェイクの脳裏に、かつての記憶が蘇った。






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