第9話 ドラゴンキラーの勇者アリア 4(最終話)
「……さて、と……」
全ての竜を倒した戦乙女リィナは、小さく伸びをした。
そして驚愕したまま固まっているティエンラ共和国の要人に近付き、口元の氷を解除すると、2人に話し掛けた。
「『今後この様な小細工は遠慮する。トラフェリア国とナザガラン国は同盟国である。
特にナザガランの魔王陛下、公子殿下はトラフェリアの姫君達と親密な関係にあるのだ。
トラフェリアに楯突くと言う事はナザガランをも敵に回す事になると言っても良い』
と、宰相にお伝えいただけますか?」
「は、はい……」
彼らは怯えて返事をする。
「4ヶ月ほど前に不埒者を一掃する為に、ナザガランの南砦前一帯が火の海になったお話はご存知かしら。
合計5万平方ギガルドルの範囲が一瞬で燃え尽きたのですよね……まだ草も生えて来ませんのよ?
あの術を放たれましたの、ナザガランの公子殿下ですの……疲弊された後であの威力ですから、こちらの国内で本気を出されましたらどれ程の被害が出るのでしょうねぇ……」
気の毒そうなふりをして脅す。
「ヒィ……く、くれぐれも粗相の無い様にと宰相には伝えます故……」
要人達はますます縮こまってしまった。
リィナは不敵に微笑んで縄を解いてやった。
彼らが平謝りをして去った後、小隊の方を向く。
「皆様ご無事でしたか?」
「リィナ様……この度はありがとうございました。アリア様のご名誉も汚さずに済みました。
我ら一同、どの様にお礼を申し上げるべきか……」
アライゼアが恐縮して言う。
「お礼なんていいのですわよ。
ただ、やはり今後もティエンラ共和国には気を付けた方がいいと存じます。
彼の国とまた何かありましたら、ナザガランの魔王陛下にもご一報いただけると良いかと思われます」
「はい。肝に銘じます」
そしてリィナはアリアに向き直る。
「これにて撤収でよろしいでしょうか、アリア様」
「はい。リィナ様、本当にありがとうございました」
「アリア様、馬が一頭足りなくなりましたが……私と同乗なさいますか?」
アライゼアが聞く。
「えっ……と……」
アリアが少し俯く。
父親の様ではあるが、彼の前に乗るのは少し恥ずかしかった。
「宜しければ私がお送りいたしますが……」
リィナがそう言って左手首に指を当てる。
途端に近くに隠れていた黒竜ストライアが姿を現し、彼女の側に静かに舞い降りた。
そこにいた皆の目が黒い飛竜の美しさに輝く。
「よろしいのですか?では是非!!」
密かに乗せてもらうつもりだったアリアが芝居がかった声で言った。
鞍に跨り、ベルトを締めて鎧に足を嵌めた彼女の後ろにリィナが跨り、氷から鋼玉製に変化させた鞍を作り、同じく鎧に足を嵌めた。
アリアの後ろから手綱を握ったリィナが皆に言う。
「では、失礼してお先にアリア様をお送りします。皆様気を付けてお戻りになってくださいね」
そしてストライアに一声掛け、ゆっくりと空へと舞い上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わあ……やっぱり綺麗……」
高度を上げた飛竜から眺める景色に、アリアはうっとりとした声を上げる。
「ごめんね、もう少し早く来れたら良かったんだけど、ティエンラには来たことがなくて転移魔法が使えなくて。
取り敢えずトラフェリアに転移してから、ストライアも転移させてここまで飛んで来たんだ」
後ろに座って竜を操るリィナ……もとい、ヴェイルが言う。
「ううん。来てくれるとは思わなかった。
今回は本当に皆んな危なかったの。ありがとう。
……でも、お仕事の方は良かったの?」
「ああ。代役を立てたから」
「代役?ヴェイル程の人の代役って……誰?」
アリアは暫く考えた。
「……まさか」
「あー……うん。君まで俺の事、マザコンって言わないよね?
なんか今回の事言うと凄く張り切って俺に化けるって言ったんだよ、母が。
本当はリィナの方をしてもらいたかったんだけど……」
「やっぱりパトラクトラ様が?男装を?」
「そう。認識阻害魔法バリバリに掛けて『私はヴェイルになり切って見せる。私だと見抜ける者が出なければ私の勝ちだ!』なんて言って、交渉の方に行っちゃった……
全く、誰と勝負してるんだか……」
「そ、そうなのね……でも、私は良かったな。
こうやってヴェイルに会えて、助けてもらえて、一緒に竜にまで乗せてもらえたんだもの……」
アリアがそう言って、手綱を握る彼の手に自分の手を添えた。
「……俺も……会いたかったから嬉しい……」
ヴェイルが赤くなって呟いた。
高速飛行の黒竜ストライアが、それでも2人が背の上で過ごしやすい様に速度を緩めて空を行く。
その後トラフェリア王宮に着いた時、戦乙女リィナのファンが多い王宮が大騒ぎになった事は言うまでもなかった。
他方でその時間帯に無事に交渉を終えた魔王達一行は、セルリア市国からナザガランに戻り、解散していた。
魔王と参謀は報告の為にグラディスの元へと行く。
「……という次第で、交渉は我が国に有利な条件で終わりました。
陛下の采配が今回は光ってましたね」
リュークが言う。
「うむ……竜の育成や訓練、施設維持の技術などそれなりにこちらも提供しているからな。技術に見合った負担比率が確認出来て、いい交渉だった」
グラディスが答えた。そして魔王の方に顔を向けて言う。
「……ところで、お前はいつまでヴェイルになり切っているんだ?」
「え?」
リュークが自分の横に立つ彼を見た。
——隣には、煌めく薄い水色の長髪を靡かせ、紫水晶の瞳をした美麗なパトラクトラが、魔王服に身を包んで立っていた。
「ええっ?!パトラクトラ様っ?!」
驚きすぎて悲鳴に近い声を出す。
同時に今日1日、ヴェイルだと思って変な事を話し掛けていなかったかを思い返す。
臣下が何故か色気があると言っていたことにも納得した。
「なんだリューク、やっぱり気が付かなかったのか。今日は私がヴェイルになって交渉に行っていたのだ」
パトラクトラが平然として言う。
「ヴェイルになってって……あ、アイツ、アリアの所に行ってるんですか?」
「そうだ。少し陰謀の匂いがするとか言って行ったらしい。
本当は私にリィナになってもらいたかったようだが、面白そうだから私がヴェイルになってみた」
「ええ?……もう、面白そうだからって……声までそっくりで分かりませんでしたよ。どんな似方してるんですか。
臣下はなんだか色気があるとか言ってましたけど……」
「何っ?誰だそんな事を言ったのは」
グラディスが思わず反応した。
「あ、いやいやいや、オレは別に全然そんな事は……あ、いや、確かにいつもよりなんか妖艶な雰囲気がするなぁとは思いましたが……」
「お前伯母だぞ?母親とほぼ同い年だぞ?そんな風に見るなよ」
「違います、そうじゃなくて、ヴェイルにしてはと思っただけですっ。
それに、パトラクトラ様は本当に美しさが突き抜けてらっしゃるじゃないですか。
いくら認識阻害魔法で化けたとしても、醸し出される美麗さは隠し切れないでしょう」
「……ううむ……お前、上手い事言うなぁ……」
妻を褒められ、悪い気もしないグラディスがとうとう黙った。
「おかしいな。服のサイズも一緒だからいけると思ったのだが……どこにそんな要素が……」
自分の事には無自覚なパトラクトラだけが不思議がる。
「と、とにかく、これからはヴェイルに化けるとか言う事はしないでくださいよ。
……もしもどうしてもって時には……オレぐらいには言っておいてください。
奇襲などの危険な状況になったら困るじゃないですか」
「それなら皆を騙すという楽しさが半減してしまう」
「パトラクトラ様……」
——全くなんて奔放な方なのだ。
リュークは困ってグラディスに視線を向けた。
彼はもう、机に乗せた肘の上に顎を乗せて知らぬ方向を向き、我関せずを決め込んでいた。
『ドラゴンキラーの勇者アリア』 完




