第6話 ドラゴンキラーの勇者アリア 1
これはアリアがナザガランのヴェイルの元に、婚約者として仮寓する少し前の話である。
彼女は人間の国、トラフェリアの第2王女でありながら、その圧倒的な強さから『勇者アリア』と呼ばれている。
主に、人間には到底太刀打ち出来ないであろう凶暴な駆除対象の暴れ竜を身を持って退治することから、世界基準の称号は『ドラゴンキラー』となっていた。
その名称はいくつかに分かれているエルフ由来人の全ての国に通用する物であり、例えトラフェリアと敵対している国であったとしても、『ドラゴンキラー』に対して粗略な扱いをする者は英雄侮辱罪として犯罪者扱いになる程の効力を持つ。
魔力をほぼ持たない人間が多く住むトラフェリア国は、北に魔族の国ナザガラン、西に大海、東に小国のいくつか、それに南に火山帯を挟んだティエンラ共和国という国に囲まれている。
以前、この国の諜報員がトラフェリア城の内部に忍び込み処刑された事は、アリアの耳にも入っていた。
ただ、それがミレーヌの時間界の幇助により行われた事は知らない。
彼女の時間操作の術を見た敵は、今まで全て抹殺されて来ていた。
それ故に後にナザガランでの公子リュークの暗殺に失敗するまでは、内部のごく限られた者以外には城内でも知られておらず、ましてや外部に情報が漏れる事もなかったのである。
そのティエンラ共和国からトラフェリアに連絡が入った。
【我が国と御国に跨る火山帯の活火山の活動が激しくなり、火口から次々と凶暴な花崗竜と玄武岩竜が生まれ、暴れて困っている。どうか『ドラゴンキラー』勇者アリア様のお力を貸していただけないだろうか】
この様な内容が書かれた宰相からの書簡を手に、女王ハウエリアは眉を顰めた。
彼の国は常にトラフェリアの覇権を狙っている。
シュダークから解放され、ルガリエルからの庇護が無くなった今、その態度は明らかになって来ていた。
強い魔導師を集めて侵略計画を立てようとしている事は薄々分かってきている。
それに、以前処刑した侵入者の遺体を見せしめの為に送り返してもいる。
ティエンラ共和国の一般市民には知られていないが、要人達の間では、トラフェリアは要注意国の筈だ。
表向きには良好な関係を築いている様に見せかけていても、いつ牙を向いて来るか分からない。
トラフェリアは土地と資源に恵まれている。
様々な小国が喉から手が出る程欲しがっている国なのだ。
それが何故、こちらに竜討伐の依頼をして来るのか……真意を測りかねたのだ。
しかし実際密かに光竜を飛ばして偵察させた所、ティエンラ共和国側の火山活動が強まり、多数の竜が現れて周辺住民が避難を余儀なくされている状態が見て取れた。
「……アリア、竜討伐の依頼が来ています。行けますか?」
「はい、お母様」
「今回は多数の竜が確認されています。トラフェリア軍第1部隊防衛班、近衛騎兵装甲偵察部隊10人も同行させます。将軍はハイエルフ、アライゼア=バーマル。彼が隊の指揮を執ります」
「そんなに……」
「場所は我が内部では敵国と認めているティエンラ共和国。何をして来るかは分かりません。用心に越した事はないのです。出撃は明日未明とします」
その夜、アリアはヴェイルに通信を繋いでもらい、話をした。
「……火口発祥の竜退治か。今回は大掛かりなんだね」
事情を聞いたヴェイルがやや心配そうに言う。
「うん。第1部隊や近衛騎兵まで出るなんて、お母様も今までにない警戒ぶりだなと思って」
「……明日は俺も朝から極国ではあるが水資源分割検討の為に、セルリア市国に出向かなければならないんだ……」
「あ、ううん、別にヴェイルに来て欲しいとかそういう訳じゃなくてね、ちょっと変だなあって思っただけなの。
そうね、明日も早いのよね。
邪魔しちゃってごめんなさい。お仕事頑張って」
「……うん、ありがとう。アリアも気を付けてね」
彼との通信はそこで終わっておいた。
「さて。明日は長く苔馬にも乗らないといけないから早く寝なきゃ。
時間が掛かるけど、ドラゴン退治に草竜で行くのはちょっと可哀想だもんね……」
アリアはそう呟くと、早々とベッドに入って目を閉じた。
通信を切った後、ヴェイルは何かを考えていたが、ふとリュークに連絡を入れてみた。
「……もう休む頃かと思っていたが、どうした?」
通信貴石から彼の声がする。
2人だけなので気軽な口調だ。
「明日のセルリア市国との会合の優先度だが、俺が行く意義はあるのか?お前だけではダメなのだろうか」
「……あの国は確かに極小国ではあるが、市国が保有する大湖ミスラカンはナザガランの水道供給率の25%を担っている。
こちらの誠意を示す為にも陛下自らが出向いた方がいいだろう」
「……そうか……」
「なんだ?どうした」
「いや、なんでもない。ありがとう、おやすみ」
彼はそう答えると、通信を切った。
次の日の早朝、日帰りではあるが遠出になるので、必要な物を揃えた共の者の数騎の虹馬を前に、ヴェイルは爽やかな顔で振り返って見送りのグラディスを見た。
「……では行ってまいります、父上。留守を頼みます」
「……うむ」
彼が何故か渋い顔をしている。
「どうかなさいましたか?伯父上様。私が同行します故、ご心配には及びませんが……」
リュークがヴェイルとグラディスの顔を見比べ、不思議そうに聞いた。
「いや、なんでもない。道中気を付けるのだぞ……」
「はい」
ヴェイル一行はそう答えると、セルリア市国に向けて出立した。
「……伯父上様と何かありましたか?陛下」
先頭に並んで虹馬を歩かせるリュークが聞く。
ヴェイルがチラリとこちらを向き、
「……いや?特に何もないが」
と短く答え、暫く彼をじっと見つめて来た。
「……どうされました?私の顔に何か……?」
リュークも不思議そうに見つめ返す。
「なんでもない。お前はこういう時、本当に参謀らしい振る舞いをするのだなと思っただけだ」
「はい?私は特にいつもと何も変わらないと思うのですが……どういう意味ですか?」
「ふふ……」
彼はもう答えず、何故だか上機嫌で手綱を握り直すだけだった。
一方で、トラフェリアでは勇者アリアの一行が、ティエンラ共和国との国境にある火山帯に向けて出発していた。




