第3話 魔王陛下がリィナ様?
本編第2章、38話から50話までの、魔王ヴェイルが周りにバレたくないが為にドンドン女装を貫いて行ったお話の外伝です。
こちらだけ読まれても楽しめるかなぁとは思います。
ヴェイルは少し困っていた。
……いや、困っているどころじゃない。これは身バレの危機だ。
自分が『戦乙女リィナ=エミル』というキャラクターを作り出したが為に、女装をして新作ドレスのモデルをするという羽目になったとんでもないドレス展示会の日。
ルガリエルの無法者に対して、母が結界内で戦乙女リィナ=エミルが単独で戦い、3人を倒した映像を見せて自身の強さと正当性を証明してくれたのは良かったのだが、数日後、あの戦いぶりでリィナがヴェイルではないかと疑う者が出たのだ。
1度目は忙しいフリをして誤魔化したが、今日は違った。
ナザガラン王宮には執事や召使いや、城の運営に携わってくれている者が大勢いる。
その中には当然ながら、彼の後援会のような物を作り、慕って来る者がいた。
「魔王陛下!」
ヴェイルはその中でも20代前半の若い女性執事3人に声を掛けられ、引き止められた。
別事例の検証で1人で移動中の時を狙ったのか、王宮の渡り廊下で捕まったのだ。
叔母、ミシュレラの執事達である。
いつも業務にかこつけてヴェイルを眺めていたりするのだが、彼は特には気に留めてはいなかった。
「失礼します。……あの……ドレス展示会の時、戦乙女リィナ様の結界内での戦いをパトラクトラ様がご証明になったのですけれど……
ハッキリ言って、リィナ様って魔王陛下じゃないんですか?お強すぎましたもの……
それに雰囲気や物腰や……お顔も少し似てらっしゃいますし」
「何の話だ?リィナは女性の戦士だが?」
ヴェイルがいかにも心当たりがない様に返す。
「でも、でも……あんなに強い『氷霜剛剣』を出せる人だってそんなにおられませんし、立ち回りも……」
「ちょっと待ってくれ。そもそも、ドレス展示会で戦いって……何の事だ?よく分からないのだが……
リィナのバトルマッチの画像があったのか?
……俺はその日、術の研究の為に呪術室に1日中籠っていたぞ……」
——頑張れ俺。演技力には自信があるだろう?
彼は心の中で冷や汗をかく。
「ドレス展示会には来られていない、と?」
「そうだ。その話で言うと……リィナはその展示会でモデルもしていたと聞いたが、その場にいたのだろう?彼女が」
「……あっ」
「……君達の言い分からすると、まさかそのモデルをやっていたリィナが……どんな格好だったかは知らないが、俺が……そのドレスを着て演じていた事になるのではないか?
俺がそのような事をする魔王に……見えるのか?」
ヴェイルは精一杯の切なく哀しげな瞳を彼女らに向ける。
——どうだ?
それでも俺だと言うのなら……詰む。終わる……
内心ドキドキしながら返事を待つ。
執事達が彼の憂いの籠った瞳に明らかに動揺して黙ってしまった。
——なんて尊い表情なの?! この光景、魂に刻んで一生の宝にする……!
いえダメだわ。陛下が困ってらっしゃる……
執事女子達の頬が少し染まる。
目の前にいるのはキッチリとしていながら何処か艶やかさもある魔王スーツを着た、目にも麗しい魔王陛下だ。
胸元の通信機能を備えたブルーサファイアが、時々光って座標や暗号の文字を浮かび上がらせる。
その光がなんとも幻想的に彼を照らす。
更に若くて張りのある白い肌や整った顔立ちと、光加減で青や藍色にもエメラルドにも色を導き出す漆黒の髪、少し尖ったハーフダークエルフらしい耳……それこそ造形美の塊ではないか。
ナザガランの国家元首でもある彼は美と強さを備えた素晴らしい男性だ。
そんな陛下が……あんな可愛いフリルが幾重にもあしらわれたドレスや、豪華なベルベットやオーガンジーのドレス、ましてやバックオープンのサテンのイブニングドレスに身を包んで……展示会に自ら出場するだろうか……
いや、かえって美味しいのでは?
そう思った3人は集まってコソコソ話をし始める。
「言われてみればリィナ様……本当に貴族女子の振る舞い方が完璧だったわ。参考にさせて貰ったもの」
「もう美しすぎて女神だったよね……スタイル抜群だし。夢の世界にいるのかと思ったぐらい綺麗だった……」
「背中、ヤバかったよね〜〜あんなの寮の大浴場の女湯でも見た事ない……こっちが照れたもん」
「でも……陛下なら有り得なくない?存在自体が奇跡の美しさだし……」
「だけどだけどそれなら……リィナ様の腰見た?陛下もあんなに細くてしなやかなの?見たい!見て確かめたい」
「……お、おい」
噂話が恥ずかしくなって来たヴェイルが堪らなくなって声を掛ける。
ハーフダークエルフの彼の耳は良く聞こえるのだ。
——黙って聞いていたら好き放題に……女性が集まるとこんな感じなのか?
いやここで反応したら自分から「俺がリィナでした」って白状するようなものだ。耐えろ。
しかし精神的なダメージが凄いな、これ……戦場で戦っている時の方がマシだ。
「もう行っていいか……」
「ダメです」
「そうですわ。陛下がリィナ様ではないと仰るなら、決定的な証拠が欲しいです!」
「ええ…?」
ヴェイルがタジタジとしてしまう。
そこへ、カツンカツンという足音が聞こえ出した。
微かにシャラシャラと金属の擦れる音もする。
誰かと思い、皆がそちらを向く。
なんと、真紅のチェインメイルと白銀の戦乙女の鎧を着たリィナが手に籠を持ってゆっくりとこちらに歩いて来るではないか!
「えっ?」
「リィナ様?!」
皆が驚く中、リィナは平然としてヴェイルに近付き、籠を差し出した。
「ご機嫌麗しゅう、魔王陛下。タイカーシアとの国境に生息している『鳳光鳥』を2羽捕らえてまいりましたわ」
執事女子達が青ざめる。
「鳳光鳥?!あの、狩人が何日掛けてもなかなか姿を現さなくて捕まえられないような……捕獲の難しい鳥を2羽も?」
「……どんな訓練をすればあんないとも簡単に……本物の戦士だわ」
鳳光鳥の捕獲の難しさを知る彼女らがざわつく。
「すまない。手間を掛けさせたな」
ヴェイルが微笑んで籠を受け取った。
中には珍しい瑠璃色の羽色の鳳光鳥が捕獲されていた。
「……ほお、凄いな。鳳光鳥自体物凄く速く飛ぶ上、瑠璃色の羽の子は珍しいと聞くのだがな……」
彼が嬉しそうに言った。
リィナが碧の瞳を細めて言う。
「憧れの陛下の為ですもの。私、頑張りましたのよ」
そして驚いてそれ以上は声も出せなくなった執事達に向かって問う。
「……何やら陛下がお困りになる様な事を仰ったのかしら?」
「いや……この人達がリィナが実は俺なんじゃないか、などと言い出して……」
「あら」
彼女が華やかな笑顔を見せる。
「私、陛下の遠縁ではありますのよ?……でもこの様な麗しいお方に似ているだなんて言われましたなら、大変光栄ですわ」
ヴェイルが執事達に向き直った。
「……君達、もういいか?俺も仕事に戻りたいのだが……」
「は、はい!申し訳ありませんでした!!」
執事達は慌てて散って行った。
賑やかな彼女達が去り、渡り廊下はヴェイルとリィナだけになった。
「……ありがとう、母上」
「今回だけだぞ?」
「うん」
ヴェイルは母、パトラクトラに頼み込んでこのタイミングでリィナの姿で現れてくれるように仕向けていた。
いつも要人数人の行動予定を、執事や側近達と通信貴石で共有しているのでそれを逆手に取り、執事女子達がこの辺で自分を引き留めに来るだろう、とアタリを付けておいたのがピタリと当たった。
母は鎧を着込み、金髪碧眼の認識阻害魔法を掛けて鳳光鳥の採集に行ってくれたのだ。
「……それにしても、この鎧は何なんだ。私にピッタリじゃないか。胸はキツイが」
「えっ、ピッタリ?」
パトラクトラのプロポーションは抜群だ。
ドレス姿の時は誰もが立ち止まって見つめてしまう程美麗である。
『戦乙女』の鎧はヴェイルのサイズでのオートクチュールなのだが……
「……確かにお前が不憫に思えて来た……」
「やめて。それ以上言わないでくれ……」
ヴェイルが切なそうな顔になる。
渡り廊下に人が来た。
すれ違う兵や侍女が「え、あれって…」と呟いて振り返る。
「鳳光鳥、アルタに渡して飼育していただいてくださいね」
パトラクトラが敬語に戻る。
「本当によく捕まえられたね」
また人が居なくなった頃合いでヴェイルが言う。
「私を誰だと思っている。……では、少しこの姿で王宮を回ってから部屋に魔法陣で飛ぶ事にしよう」
「うん、頼んだよ」
パトラクトラはそう言うと、金髪を靡かせながらしなやかに歩いて行った。
その後ろ姿を見送っていた時、廊下の奥から聞き慣れた足音がした。
リュークがやって来たのだ。
彼はヴェイルを見て、後ろ姿のリィナも発見する。
「……ええっ?!ヴェイルが2人……うぐっ?!」
叫びかけたリュークにヴェイルが籠を持ったまま閃光の如く距離を詰め、無言で口を塞ぐ。
それは正にいつもは戦場で発揮されている動きだった。
大人しかった2羽の鳳光鳥が、驚いてバサバサと暴れ、羽ばたく度に特徴的な青い光を散らす。
パトラクトラは少し振り返り、口元でふふと笑うと、そのまま歩いて行ってしまった。




