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第1話 精密殺戮兵器『リューク=ノワール』

小説『麗しのハーフダークエルフの最恐魔王が勇者アリアにだけは甘い』の中のキャラクターの、本編に入れられない部分のお話を書きました。


※残酷表現があります。


 今から6年前。


 ヴェイルとリュークと、その弟のロイが拉致されてロイが殺された日、ヴェイルは初めて人を殺めた。

 たった12歳だった彼の心がどれだけ壊れてしまったのか量りようはなかったのだが、彼はその日から声が出せなくなってしまい、病院に入院していた。


「……ヴェイルの具合はどうだ」

 当時の魔王、グラディスが聞く。


「王太子様はまだ……お声が戻られません。王妃様が付きっきりでいらっしゃるのですが……」

 側近のルーカスが答える。


「そうか。結局……あいつは1人で18人も殺していた。……初陣もまだだった。初めてでその人数だぞ?心が壊れても仕方がない……」


 彼が下を向く。

「……同じ日に別館で我が父と母、それに姉のマルラハリアも殺されてしまったと知ったなら、もっと悪くなりそうだな」


「公女アウドラ様のドナウザーン公国へのご帰国もお伝えされていませんよね」

「ああ。……いろいろあり過ぎた……」


 グラディスはため息を吐いて椅子に掛け直す。


 刺客を送り込んで来たのはグラディスの長兄であるジーミアス、次兄のルドマルクだった。

 2人は彼が魔王を継いだ時に最後まで反対していたが、その内協力はするなどと偽って王宮から離脱し、いつの間にか傭兵を雇って現王族転覆を狙って来たのだ。


「……兄上達め。そんなに私がパトラクトラを妻にし、異才の子に恵まれた事を憎むか…!」

 グラディスが歯を食いしばる。

 

 その時、扉を激しくノックして臣下が飛び込んで来た。

「失礼します!北部農村フースートの近くに複数の所属不明のオーク達が、10体程出現しました!村人達が襲われています!」


 オークというのはエルフ由来の国々とは別の文化圏、鬼族ラーキシャスの者達だ。

 ナザガランの魔族達よりもかなり大きく、知能は低い。

 鬼族ラーキシャスの中でも総合管理下に置けない野良部隊の様な者達が、戯れに襲って来る事がたまにある。


「何?!……こんな時に!北軍将ダロス他第四部隊で至急対処しろ!!」

 グラディスが即時命令を出した。


 彼の命を受けて直ちに討伐部隊が結成された。

 北軍の将、ダロスが部隊に声を掛ける。


「全員転移魔法陣展開、到着次第速やかに排除せよ!」

「はい!」

 

 魔王軍北軍の40人程が一斉に目的地に転移した。


 北部農村フースートの発生現場に転移魔法陣が次々と開き、兵達が飛び出して来る。

 ……しかし、その場の状況に誰もが息を飲んだ。

  

 皮の鎧を身に付け、常人の背丈の倍はありそうなオーク達が、所狭しと倒れている。

 その中でも2、3体重なって地面に伏している上に、誰かが立っていた。


「……何者だ!?」

 北軍将ダロスが問い掛ける。

 その人物がゆっくりと振り返り、近づいて来た。手には何かを持っている。


「……ひっ」

 兵の1人が押し殺した悲鳴を上げた。

 見たところその人物は少年だったが、手にはオークの首を2体分、髪の毛を掴んで持っている。

 彼はダロスに近付くと、無造作にそれを放り投げて呟く。


「……処分……完了した」

「リューク……様……」

 少年はまだ13歳のリュークだった。


 その瞳には、年相応の幼さなど微塵もなかった。

 ただ冷たく、獲物を刈るために研ぎ澄まされた刃のような光だけがあった。


 身体に見合わない長刀を握り締め、全身オークの血でずぶ濡れになった彼は、フイとよそを向く。


「これだけのオークを……お一人で?」

「そうだ」

「……何処から軍の情報を…?」

「……お前達の情報の穴など、調べればすぐに分かる」

 彼は気怠そうに答えた。


「そんな……リューク様は初陣もまだ……」


 驚くダロスをよそに、心ここに在らずの様に呟く。

「……ヴェイル……」

 転移魔法陣が展開され、彼はその中に消えた。


 後には汚れの一つもない鎧を着た40人程の兵が躊躇っているばかりだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「王太子様、内診のお時間です」

 その頃、ヴェイルが入院している病院では医師が回診で彼の様子を見に来ていた。


「……いつもの医師ではない様だが……」

 側にいたパトラクトラが問う。

「彼は今日は別の用事で急遽交代したのですよ」

 医師がヴェイルに近寄る。


位相真眼ウルトベイミア

 突然パトラクトラが詠唱し、同時に剣を召喚する。

 細身の片刃の湾刀だ。


抜刀ばっとう神器じんぎ御架鷺みかさぎ

 詠唱と同時に素早く剣を抜き、医師を切り捨ててしまう。

 広く白い病室に血飛沫が飛ぶ。


 この剣は——我が子を守るために振るう。

 王妃としてではなく、母としての本能が、剣の軌道を鋭く正確に導いていた。


 戦う母の姿を初めて目にし、驚いているヴェイルの横で、着いてきていた看護師数人が剣を出した。


「ジーミアスの手の者か?!ヴェイル!逃げろ!」

 パトラクトラが声を上げる。しかし母を置いて逃げる事は彼には出来なかった。

 サッとベッドから飛び出し彼女の横に着く。


「……驚いたな。何故分かった……」

 看護師の認識阻害魔法を解き、本来の姿を表した刺客が剣をブンと振って握り直し、聞いた。


「……ヴェイルに内診は必要ない……それに、廊下や看護師詰所の皆が倒されている。

 こんなに制圧が簡単だとは。内部密通者を忍び込ませていたな?」


「ほお。ここにいてよくそれが分かったな」

 パトラクトラの能力「位相真眼ウルトベイミア」は障害物があっても位相を変えてその場の状況を見る事が出来る。


「いずれにせよ、ここからの通信網は絶った。お前達に逃げ場はない。お強いらしい王太子様も、声が出せないのならただのお子様だ!」

 刺客が薄ら笑いを浮かべ、突進して来る。


 パトラクトラが応戦し、瞬く間に数人を斬り伏せる。

 ヴェイルも小回りのきく身体で攻撃を躱し、母に倒された人の剣を取った。

 しかし数日前に大勢の人を斬った恐怖から、剣を向ける事が出来ない。


 ただ母の為、自分の為に振るわれる剣を弾く。


 病室の入り口から別動隊が5人程雪崩混んで迫って来た。


「くっ……」

 流石に分が悪いのか、パトラクトラが押される。

 ヴェイルを庇いながら戦うのは難しい。



 ——突然、空間が焼けただれたように歪み、眩いほどの火柱が病室を染めた。

 それは転移魔法陣だった。


 一瞬全員が驚いてそちらを見る。

 その時、炎を纏った小剣が魔法陣から飛び出してきた。


「うぐっ……」

 それは一番近くにいた刺客の喉を裂いた。

 ——まるで神の使者から放たれた『裁き』のように。


 命を絶たれ、頽れるその者を見る他の刺客が顔を上げる前に、人の形の焔の塊が突っ込んで来た。


「うわ!!」

「ぎゃあぁ!!」

 その場にいた刺客達が次々と声を上げてその塊に斬り伏せられて行く……


 最後の1人が両手と血飛沫を跳ね上げて倒れた後、焔が収まり腰を落として剣を振り切っていたその人物が身体を起こした。


「……リューク……」

 パトラクトラが呆然として言う。

 そこに居たのはオークと人間の血で全身を赤黒く染めたリュークだった。


「……ヴェイル……」

 放心したように長刀をその場にガランと投げ出し、彼はヴェイルに近付いた。

 血塗れの姿も構わず、そっと抱き締める。


「……あの時、オレはお前を悪魔にしてしまった……だから……オレも悪魔になったよ……赦してくれ……」


「……リュー……ク……」

 あまりの壮絶さにパトラクトラが言葉を失ってしまう。


 ヴェイルの服に彼の服の血が移り滲んで行く……。

 彼はそのまま大人しく抱かれていたが、やがて小さく囁いた。


「……わか……った……兄上……一緒に……行こう……」

 そして目を瞑る。


「ヴェイル……声が……」

 

 ……この子達がこのまま堕ちていってしまうのが分かる。

 きっとそれは誰にも止められないだろう……

 けれど、それでも誰かが手を離さずにいてやらなくては。


 ——パトラクトラの頬を、静かに涙が伝って行った。




 ヴェイルの過去は何度か書く機会があったのですが、弟の死に泣いてばかりだったリュークがいつ『精密殺戮兵器』とまで言われる程になったのかが謎だったので書きました。

 本編には入れる予定はありませんので、外伝として出させていただきました。


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