第8話 ロールプレイと借金5憶円
アークンと並んで街のパトロールに出た俺は、サーバー初日ならではの浮き足立った空気の中、観察と交流を繰り返していた。
「……ん? お、シオンじゃん。おーい、シオン!」
交差点の向こうで見慣れない警察官アバターの男に声をかけたアークンが、手招きして呼び寄せる。男は一瞬ためらったように見えたけど、やがてこちらに歩いてきた。
「紹介するね、こっちはタカアキくん。ストリーマーサーバー初心者。で、こっちがシオン・グレイウッド。警察署長で、法学部出身のVtuber。FPS、超強いよ」
少し照れたように笑って、シオンと名乗る男が手を差し出してきた。
「よろしく。まあ、肩肘張らず、気楽にやろうや」
その手を握り返しながら、俺は思わず息を呑んだ。ほんの数ヶ月前まで画面越しに見ていたVtuberが、今、目の前にいて、俺と会話している。そんな現実に、胸が高鳴った。
その後もアークンの紹介は続いた。
ギャングアバターで鮮烈なピンク髪の女性――花菱フィーナ。毒舌とASMRで人気を博す、異色のアイドル系個人勢V。
情報屋スタイルの九条レムは、最近話題のVtuber事務所「幻肢社」のリーダーで、知略に長けた雑談配信が売りらしい。
「初日で十人目かな。あ、ちなみに紹介料は後で請求するから」
冗談みたいに聞こえたアークンの言葉に、俺は軽く笑って返した。
……が、それが冗談じゃなかったと気づくのは、ほんの数分後だった。
「さて、紹介料。一人五千万で合計五億ね」
「……は?」
思わず間抜けな声を漏らす俺に、アークンは笑顔で畳みかけてくる。
「いやー、初日からカモがいて助かったわー」
軽い調子で語るアークン。その様子に、ようやく俺も察した。これはロールプレイなんだ。撮れ高の演出なんだって。
でも、どう対応すればいい?ストリーマーサーバーへの参加は初めてで、RPの空気にもまだ慣れていない俺は、頭の中が真っ白になる。
その時だった。静かに近づいてきた足音。現れたのは、さっき紹介されたばかりの九条レムだった。
「聞いてましたよ。いいですね、そのRP。じゃあ、イベント最終日までに返済ってのはどうですか?」
「え……」
「初日から五億の借金。面白いと思いません?」
アークンが指を鳴らして笑った。「それ、乗った!」
成り行きで、俺はゲーム内通貨で五億の借金を背負うことになった。
呆然としていたその時、STXのSNS機能から通知が届いた。何気なく開いたポストに、目が釘付けになる。
《ストリーマーサーバー10日後の最終日、有志による音楽イベント開催決定!》
《参加者:……何人かの名前の最後に――星灯ミラ》
《参加費:1000万》
その瞬間、俺の頭の中に一つの言葉が閃いた。
――行けないかもしれない。
ようやくこの世界で出会えるチャンスなのに。推しの歌を生で聴けるかもしれないのに。五億もの借金を背負って、そんな贅沢できる余裕なんて――。
俺は言葉を失った。世界が急に遠くなったような気がした。
でも、その時だった。配信画面のコメント欄がざわつき始めた。
《タカアキ、やるしかねえぞ!》
《金策ルート、今すぐ始めろ》
《#五億返済RTA》
画面の向こうから背中を押すその声が、不思議と温かく、そして頼もしく感じられた。