第6話 箱推しの事務所のVtuberの一人が地雷だった
気がつけば、二週間が経っていた。
PCモニターにはメールの受信画面が映っている。
メールの件名には二つのイベント名。
――神主催VECTRON大会CHRONOVA。
――クリプトホール主催STXストリーマーサーバーイベント。
どちらも、俺を待っていた。
けれど、俺はどちらにも手を伸ばせずにいた。
気が付けば、冷蔵庫の中のコンビニ弁当が入れ替わるだけの日々。配信も、動画編集も、やっていたが、やっていた記憶が無い。
答えを出せずにいることが、何より苦しかった。
それでも、ある夜ふと、思い出してしまった。
ミラの言葉を。
『また一緒にゲームしよっか、斉藤さん』
あの言葉が、胸の奥で火種みたいに残っていた。ずっと。
逃げたまんまじゃ、いけない。
踏み出さなきゃ何も始まらない。
「……よし」
俺はスマホを手に取り、マネージャーに連絡した。
「クリプトホールのイベント、参加します」
ありがとう、ミラ。
そして……ごめん。
続けて俺はマネージャーにレイナのオファーの件を話した。
「CHRONOVAの件ですが、今回は見送らせていただく方向でお願いします。斬波レイナさんには丁寧なお詫びを。大変申し訳ないと伝えてください」
一言ずつ、丁寧に喋った。
どうにか気持ちが伝わるように。
通話を終えた後、俺はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。
「……すまん、レイナさん」
◇
それから数日後。
クリプトホールから、ディスコードサーバーへの招待が届いた。
いよいよ現実味が増してきた。サーバーに参加すると、すでに多くの参加者が雑談したり、ロールの希望を出したりしていた。
STXではプレイヤーが役割を演じることになる。警察、犯罪者、メディア、民間人――まるで大規模なロールプレイ。
どのロールを選べば、ミラと会いやすいか。
俺は一人、画面を見つめて考えた。
(犯罪者?いや、でも……ミラがそっちにいる保証もない)
(メディア……? 視点は合うかもしれないけど……)
だが、思い至る。
――俺が一番優先しないといけないのは何だ?
ミラに会うためだけに、役割を決めるのか?
そんな我欲で選んで、視聴者に胸を張れるか?
「……違うだろ」
選んだのは警察官だった。
FPSで培ったスキルをきっと活かせる。
実力勝負なら、他の参加者にもリスナーにもフェアなはずだ。
後悔は、しない。
数日後、配役確定の通知が届いた。
――tqkqkiさんは警察ロールに配属されました。
ディスコードの警察チャンネルに招待され、俺は自己紹介を投稿する。
『はじめまして、tqkqkiです。FPSを中心に活動しています。よろしくお願いします』
すぐに数人から挨拶やスタンプが返ってきた。
ミラの名前は……見当たらない。
彼女は警察官じゃないらしい。
彼女の役を調べようか、一瞬思った。
けれど、やめた。
イベントの性質上、事前に他者の役割を探るのはマナー違反だ。
そしてなにより、彼女がどこにいても、きっと会えると信じていた。
そのときだった。
『やっほー、ユエだよ~。STXでもよろしくね、警察の皆さま!』
派手なアイコンが目に飛び込んでくる。
空劫ユエ――ぶいれいど所属の大人気Vtuber。
登録者百数万人を誇る、トップクラスの存在だ。
まさか、彼女も参加していたなんて……
驚きと同時に、ぶいれいど箱推しの自分としては、少し高揚感が湧いた。
その時。
ユエから、俺宛にチャットが飛んできた。
『あれ?タカアキくんって、レイナ先輩のオファー断ったの?』
――時が、止まった。
一瞬でチャット欄がざわつく。
『え、マジ?』『斬波レイナのオファーって、CHRONOVA?』『ユエちゃんぶっこみすぎw』
顔面が一気に青ざめる。
心臓の音がドクドクと響く。
何かを返そうと手を動かすが、指が止まる。
言葉が、出てこない。
俺は、ただただ、ディスプレイを見つめていた。
――箱推しの事務所のVtuberの一人が地雷ってまじかよ!?