第5話 Vの女神ふたりから誘われた話
部屋の照明を少し落とし、わたし――斬波レイナはPCモニターを見つめていた。
ミラーリングされたスマホの画面には、無数の切り抜き動画のサムネイルが並ぶ。バズっている動画のサムネひとつに、思わず目を留めた。
「……『Tqkqki、レイナについて熱弁する』?」
一瞬だけマウスの動きが止まり、再生。スピーカーから、懐かしい声が響いた。
配信者Tqkqki。わたしはその人物を以前から知っていた。FPS『VECTRON』で頭角を現していた時期にちらりと見ていた過去がある。
『いや、斬波レイナってさ、あの人やばいでしょ。マクロ処理のタイミング、ほぼ機械。あと視線移動が無駄なさすぎて意味わからん。自分の動きに“確信”がある人って、観ててすげー気持ちいいんだよね』
眉をひとつ上げる。
「ふーん……。ちゃんと見てるじゃん、意外と」
ネットの称賛には慣れている。でも、ここまで言語化された“評価”には、くすぐったい感情がこみ上げた。
手元のキーボードに指を走らせ、事務所のマネージャーに連絡を送る。
「CHRONOVAのチームメンバーに追加したい人、見つけた。Tqkqkiって配信者。炎上歴とかの処理は任せるから、とりあえず声かけといて」
――そう。私は今、超人気ストリーマー神さんが主催する『VECTRON』の大会、《CHRONOVA》のリーダー枠に招待されている。
「話題性よし。腕もよし。で、まあ……面白くなりそう」
もう一度、彼の声が流れる動画を再生した。部屋に何度も、あの熱のこもった言葉が響いた。
◇
カーテンの隙間から夕日が差し込み、私――星灯ミラはPCモニターに顔を寄せていた。
YouTubeのおすすめ欄。そこに、また一つ……見覚えのあるサムネイル。
『【切り抜き】あのレイナ愛が止まらない!?Tqkqki語りすぎ配信』
クリックは、しなかった。
「……またバズってるし」
流行に流されたくないわけじゃない。でも、聞きたくなかった。彼の声を、今は。
私にとって、あの人は「はじまり」だった。だから、全力で炎上をフォローした。
――彼が消えなくて嬉しかった。戻ってきてくれた。でも。
――斜め上の方向で。
そのとき、スマホが震える。CTRL-Vのマネージャーからの通話。
「ミラちゃん、『STX』出場枠が来たよ。推薦枠で招待したい人、誰かいる?」
Street Tension X、通称STXというオンラインマルチプレイで架空の街で生活するゲーム。
それを利用した、大人気ゲームコミュニティ「クリプトホール」が主催する期間限定ストリーマーサーバーのイベントだ。
ディスプレイには、推薦フォームが表示されている。
迷うことなんてない。なのに、なぜか指が止まった。
でも、その震えは恐れでも未練でもない。
私は名前を入力する。
――Tqkqki。あの人に、もう一度ちゃんと届けたい。
◇
「いや〜、今日もクッソ盛り上がったな……!」
配信を終えたばかりの俺――Tqkqkiは、背もたれに体を預けながらチャットの余韻に浸っていた。
好きなVtuber語ってただけなのに、まさかここまで反応くるとは。レイナの話からミラの話題へ、クリップの再生数が異様に跳ね上がっていた。
「媚びてるとか言われてもな。俺、本気で好きなんだよ……」
そのとき、PCに通知が届く。マネージャーからの連絡。
「連絡が二件あります。一件は斬波レイナ様より《CHRONOVA》チーム参加オファー。もう一件は星灯ミラ様より、STX推薦オファー。開催時期は両方とも二か月後で被っています。どちらか選択必須です」
……は?
目をこする。スクロールして、もう一度読み直す。
斬波レイナが、俺にオファー?
ミラが、俺を推薦……!?
「いやいやいや……待て待て、嘘だろ……いや、マジなの!?」
好きだったふたりから、同時に届いた“呼び声”。
目の前がぐらぐらと揺れる。
「……ちょっと待ってくれって……これ、どうすりゃいいんだよ……!」
どちらを選ぶかじゃない。どちらも選べない。
でも、どちらも“俺を選んでくれた”。
レイナは今一番、自分の“語り”配信がバズってて、自分も大好きなVの一人。ゲームも得意ジャンルで、自分が活躍できる可能性がある。
ミラは炎上の件で恩があるうえにVを教えてくれた存在。STXは未プレイのゲームだが、イベントに参加すればいろんな活動者やミラ自身と繋がれるチャンスがある。
震える手で、タイピングを始める。
「次回配信タイトル:《Vの女神ふたりから誘われた話、聞いてくれ》」
それは喜びであり、試練だった。
まあ、そんな配信はリーク界隈になるから普通にやらないけど。