第44話 バーチャルユーチューバーの死
──午前0時を回ったばかりの静かな夜だった。
俺はモニターの前で腕を組み、黙ってFPSの録画を見ていた。
《VECTRON》──近未来の仮想戦場を舞台にしたチーム対戦型FPSゲーム。その大型大会《DIRECTORY:RELOAD》が数日後に迫っており、俺は仲間たちとの連携や動きの確認をしていた。
画面の中では、斬波レイナが派手なスナイプを決めたあと、軽口を叩いていた。
「はいっ、そこまでっ。レイナ様、今日もご満悦~♪」
俺は思わず微笑みながら、ノイズの入った音声に集中する。
そのとき──スマホが、静寂を破った。
画面を見ると、通知は“橘さん”からの電話。
ディレクトリ所属のマネージャーで、大会運営の中心人物だ。
「……電話? 橘さんから?」
普段の連絡はすべてDM。夜中に、しかも通話で連絡が来るなどありえない。
胸の奥に、不穏なものが湧いた。
通話ボタンを押すと、すぐに相手の声が返ってきた。
「……タカアキくん、いま時間、大丈夫?」
「……まあ、大丈夫ですけど。何か、ありました?」
橘さんの声はどこか焦っていた。それが余計に胸騒ぎを煽る。
「ニュース、見た?」
「え?」
「ネットの、ニュース……まだ見てない?」
「ええ……今、リプレイ見てました。何かあったんですか?」
「……見て」
それだけ言い残して、橘さんは沈黙した。
不気味な気配に背筋が粟立ちながら、俺は急いでPCを操作した。
ブラウザを立ち上げ、ニュースとXを確認する。
その瞬間、目に飛び込んできた文字列に、息が詰まった。
【斬波レイナ 突然の引退に驚きの声】
【空劫ユエ 引退】
【神代ユズリハ、事務所を退所】
【九条レム 活動終了】
【花菱フィーナ 卒業を発表】
【朝霧しの、ディレクトリ脱退】
次々に流れる“卒業”と“引退”の報せ。
しかも、その多くが──俺が関わってきたメンバーたちだった。
「……嘘だろ……?」
ユエも、レイナも、つい昨日までディスコードで通話していた。
大会直前のこのタイミングで、全員が一斉に姿を消すなど、ありえない。
「橘さん、これ……どういう……」
「……テレビ、つけてください」
その一言が、トドメのように冷たかった。
俺は震える指でリモコンを手に取り、テレビをつけた。
画面には、ニュース番組の特設スタジオ。
アナウンサーの沈痛な表情が、ただ事でないことを物語っていた。
「今夜未明、都内および関東圏を中心に、いわゆるバーチャルユーチューバーとして活動していた方々が相次いで遺体で発見されました──」
「死亡者の数は30名を超え、いずれも自宅やスタジオなどで殺害されたと見られており──」
ニューステロップが流れるたび、心が凍りついていく。
「確認されている犠牲者の中には、斬波レイナさん、空劫ユエさん、九条レムさん、シオン・グレイウッドさんの名も──」
「…………」
音が、消えた。世界が、止まった。
「……これって……みんな、“死んだ”ってことですか……?」
ようやく絞り出した声に、橘さんは数秒の沈黙ののち、答えた。
「……そうです。全員、“演者さん”が殺されました。今夜、同時に」
信じられない。理解できない。
だけど、画面のテロップは無慈悲に事実を重ねてくる。
俺は膝に手をつき、ゆっくりとモニターの前に座り直した。
目の前には、Xのトレンド欄。
【#Vtuber卒業ラッシュ】
【#引退ラッシュ2025】
【#演者の命を奪った者へ】
【#異世界流刑を求めます】
“彼ら”が殺された理由は分からない。けれど、たしかに何かが始まっている──
そんな予感が、胸に爪を立てていた。
俺は手元のマウスに指を添え、録画ファイルを止める。
画面に残っていたのは、笑顔で振り向く斬波レイナのアバター。
その姿を見つめながら、彼はただ黙って、静まり返った部屋の中で呼吸を整えようとしていた。
整えながら、ある人物の安否を考えていた。
──ミラは……ミラは無事なのか?




