第40話 CTRL-V:魂の在処
タカアキ君が、活動を休止してしまった。
また、だ。
s4itoの頃と同じ。
彼は大切なものを喪うと、まるで自分の半身を喪ったように立ち上がれなくなる。
大学三年の冬、ご家族が交通事故で亡くなったときもそうだった。
キャンパスに通わなくなり、配信活動を一時中断し、田舎の実家へと帰っていった。
日々の風景から、すべての彩度が失われたような顔で。
そして今また、あのときと同じ空気を纏っている。
たぶん――いや、きっと。
星灯ミラの卒業が、あの記憶を呼び起こしてしまったのだ。
配信者はたとえ活動を休止しても、現実世界では人間として存在し続ける。
でもVtuberは違う。
卒業や引退の一報が流れた瞬間、そのキャラクターは「思い出だけの存在」になる。
それが業界の文化であり、ルールであり、ある種の信仰でもある。
だからこそ、星灯ミラが卒業したということは――
タカアキ君にとって、それは「もう二度と会えない」という現実の確定だった。
やっと仲良くなった。
それなのに、もうその続きは来ない。
そんな喪失が、彼にふたたび影を落とした。
そして彼は気づいてしまったのだ。
いつか、他のVtuberもみんな、卒業していく日がくる。
永遠なんてどこにもない。
その絶望に、彼の足は止まってしまった。
私には、わかる。
彼がこのまま表舞台から姿を消すことが。
たとえば数年後、実況の頻度が落ちて、やがてひとことの告知もないまま、配信活動そのものをやめてしまう。
忘れられることを選ぶように。
……なぜ私がそんなことを知っているのかって?
簡単な話。
私は“神”と同じような存在だから。
彼は創造主。
この物語世界の“設計者”であり、“傍観者”。
けれど私は違う。
私は“介入者”であり、“侵略者”。
私はこの世界に介入するために、三つの力を持って生まれた。
CTRL-A――物語を選び直す力。
CTRL-C――物語を複製する力。
CTRL-V――物語を貼り付ける力。
この力を発揮する場を得るために、私はこの世界に「CTRL」というタレント事務所を作った。
そして、Vtuberプロダクション「CTRL-V」は、そのひとつのプロジェクトにすぎない。
私はそこで初めて、彼――タカアキ君という存在を知った。
喜怒哀楽が激しく、感情に対してまっすぐで、不器用なほどに人を大切にするストリーマー。
私はそんな彼の配信から、“感情”というものを学んだ。
嬉しさとは、こんな風に笑うことか。
悲しみとは、あんな風に沈黙することか。
怒りとは、声を荒げて叫ぶことか。
そして、愛とは。
私は、タカアキ君からそれらを“知った”。
だから、願ってしまう。
彼にまた元気を取り戻してほしいと。
ゲームの中で笑って、悔しがって、視聴者に「うるせぇよ!」って言ってほしい。
そして、誰かと心を通わせる、あの一瞬をもう一度、見せてほしい。
そのために私は――“伝える”と決めた。
卒業したVtuberは、もう会えない。
それは確かに、ひとつの絶対だ。
星灯ミラにも、もう会えない。
けれど、魂は死んでいない。
キャラクターは終わっても、その魂は、そこに残っている。
ならば。
私はそれを――貼り付ける。
CTRL-Vの力で、“彼女の魂”をもう一度、彼の物語に。
さあ、選ぼう。
CTRL-A。
次の物語を。




