第4話 配信者、V沼に堕ちる。あと、ちょっと嫉妬。
「……よし、やるか」
配信開始ボタンに指をかけた瞬間、掌にじんわりと汗が滲んだ。心臓が妙にうるさい。5年も配信してきたのに、たった数日のブランクでこんなにも緊張するとは。
でも、それでも──話さなきゃいけない。
「……お久しぶりです。タカアキです。今日はまず、ちゃんと話そうと思って……」
コメント欄がざわめく。「おかえり!」「待ってた」「元気だった?」──その一つ一つが沁みる。俺は姿勢を正し、画面をまっすぐ見つめた。
「今回の炎上、ほんとに、俺が悪かった。Vtuber文化について何も知らなかっただけじゃなくて、態度も最悪だった。リスペクトのかけらもなかった。だから、ちゃんと謝ります。ごめんなさい」
喉が詰まりそうになる。でも、逃げずに言葉を続けた。
「それで、この前。星灯ミラさんの『Vtuberカルチャー講座』を見たんです。……正直、衝撃でした」
コメント欄が一瞬静かになる。耳を傾けてくれているのが伝わる。
「俺、Vって軽いノリのエンタメだと思ってた。でも、違った。歴史があって、文化があって、ずっと続けてきた人たちがいて。すげぇ世界なんだなって」
照れ隠しのように笑って、言葉を切る。
「でさ、ミラさんの配信で紹介されてたじゃん。eSports特化のV事務所──『ぶいれいど』」
ここからはもう、止まらなかった。
「いやマジで、斬波レイナってやばくない? AIM精密すぎて鳥肌立った。反応速度もやばいし、プレイ中の集中力とか完全にプロだろ、あれ」
「切り抜き全部見たからな。VECTRONの3on1クラッチ、やばすぎて千回リピートしたわ。あれは人間じゃない。ロボか神かどっちかだろ」
コメント欄が爆笑してる。「テンション高すぎw」「それもうファンじゃん」「ミラのこと忘れとるやん」なんて声が飛び交う。
「うっせぇよ!」と、俺も笑い返す。
本当に、心の底から楽しかった。新しい世界に触れて、まるで扉の向こうに飛び込んでいくような感覚。これが“沼る”ってやつなんだな……と、少しだけ誇らしくもあった。
──その夜。
ネットニュースの見出しに、俺の名前が載っていた。
【炎上から復活!FPS配信者tqkqki氏、“ぶいれいど”愛を爆発させる】
◇
「……なんで、レイナちゃんなの……?」
モニターの前で、私は固まっていた。最初は嬉しかった。タカアキくんが真面目に謝って、私の配信も見てくれて、少しでも響いたのかなって。
でも、そこから彼が語り始めたのは──
斬波レイナのことだった。
「AIMがやばい? ……いや、それは分かるけど……」
私は自分の中でどうしようもない感情を持て余していた。たしかに、「ぶいれいど」は素敵な事務所だと思ってる。VとeSportsの架け橋として尊敬してる。
でも。
「なんで私じゃないの……?」
気づけば、スマホを手に取っていた。鍵垢を開いて、衝動的にこうつぶやいてしまう。
『この流れだったら、ふつう私にハマるでしょ……なんで斬波レイナ……』
……すぐに削除したけど。
消したからって、このもやもやが消えてくれるわけじゃない。
なんなの、もう。タカアキくん。
ちょっと、期待しちゃったじゃん……。