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第34話 ログアウトの灯り

 いつもと同じ夜だった。

 モニターの光に照らされながら、手元のマウスを弄っていると、ふと通知が届く。星灯ミラの配信が始まったらしい。タイトルは——「大切なお知らせ」。


 胸の奥がざわついた。

 嫌な予感。理由はない。ただ、タイトルの文字列を見た瞬間、心臓が跳ねた。


 俺はマウスを操作し、配信ウィンドウを最大化する。画面の中では、いつものミラが静かに浮かんでいた。

 でも、声が……少し違った。


「こんばんは、星灯ミラです。今日は……皆さんに、大切なお知らせがあります」


 滑らかな挨拶。その後に続いた言葉は、あまりにも淡々としていて、逆に現実味を奪った。


「私、星灯ミラは……CTRLコントロール-Vを卒業します」


 耳鳴りがした。

 一瞬、意味が理解できなかった。けれど、コメント欄は一斉にざわめき始めていた。


『えっ?』

『卒業って何?』

『嘘……だろ?』

『ガチかよ……』


 俺も、ただ固まっていた。

 どういうことだ? つい最近まで、いつもと変わらない活動をしていたはずなのに。何か前兆があったか?全然わからなかった。


「理由は……そうですね、いろんな方向性の違い、という感じです」


 それだけだった。笑っていた。ミラは。

 CTRL-Vのメンバーや、運営や、視聴者への感謝を丁寧に述べた後、彼女は最後に、こう締めくくった。


「これからも、どうか、よろしくお願いします」


 終わった。

 画面が静かにブラックアウトしていくのを、ただ見ていた。


 ……何分、何十分、そうしていたかもわからない。


 数日後、俺は斬波きりなみレイナとのコラボ配信に出ていた。

 FPSの新作タイトル。動きは慣れていたし、マップも研究済みだった。なのに——まったく集中できなかった。


「おいタカアキ、こっち敵入ってきてるって!見てなかったの!?」


 レイナの怒声が耳に刺さる。

 俺は、視線だけをマップに走らせて、曖昧に「ごめん」とだけ呟いた。


 視聴者のコメントも冷たい。

『タカアキ、今日やる気ないの?』『集中しろよ』『どうした、何かあった?』


 ……全部、正しい。俺は今、画面をちゃんと見ていない。


 配信後、通話に残っていたレイナが、少しだけトーンを落として話しかけてきた。


「……ミラのこと、気になるのは分かるよ。あたしも、びっくりしたし」


 俺は黙っていた。


「でもさ、あたしたちって、配信止めたらそれで終わりじゃん。視聴者は次を見に行くし、業界も待ってくれない」


 だから、進まなきゃいけないんだよ。

 レイナはそう言わなかったけど、言葉にしなくても十分伝わった。


 ミラがいない世界。

 その虚しさから目を逸らすように、俺はPCのブラウザを開き、ディレクトリの公式サイトを調べ始めた。


 ディレクトリ。

 ここ2年で急速に頭角を現してきたesports事務所で、今や大手に並ぶ勢いがある。


 構成は三部門。FPSのプロ部門、格ゲーのプロ部門、そしてストリーマー部門。

 とくに特徴的なのは——女性配信者が全員Vtuberであること。顔出し配信者が一人もいない。


 何かポリシーがあるのか、それとも単なる偶然か。いずれにせよ、そこに一貫性を感じる。


 後日、ディレクトリの担当者との通話で、こう知らされた。


「半年後、当社が主催するFPSタイトル『VECTRON』の大会、DIRECTORY:RELOADが開催されます。そこで、新規移籍組や新たに所属するタレントさんたちを一斉発表する予定です」


 それに、俺も加わるのか——。


 ミラの卒業はショックだった。

 何が起きたのか、これからどうなるのか。正直まだ分からない。きっと、この先も引きずる。忘れられない。


 でも、それでも。


 ——俺は止まらない。


 暗い部屋。モニターに浮かび上がる「VECTRON」のロゴを見つめながら、マウスを握る。


 星灯ミラがいなくなったこの世界で、俺は——


「俺なりに、続けるよ」


 小さく、誰にも聞こえない声で、そう呟いた。

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