第3話 『星灯ミラがいまさら教える!Vtuberカルチャー講座』は俺のためだった件について
ミラに送ったディスコードのDMには、未だに返信が無い
──まあ、忙しいし、俺なんかに構ってられないよな。人気のVだって言うし。
斉藤貴明──配信者名tqkqki。読みはタカアキ。
俺は薄暗い部屋の中、ディスプレイに映る無機質なアイコンを眺めては、ため息をついた。
炎上騒ぎは、表面上は鎮火した。
けれど、配信の「間」を掴めなくなった俺にとって、それは終わりじゃなかった。
たとえば、何気ないコメント一つにすら、ナイフのような棘がある気がする。
「お前、またやるの?」と問いかけられているようで、マイクを握る手が鈍る。
──何をやっても、もう“誰かの地雷”を踏みそうで。
そんなある日の午後だった。
「……ん?」
YouTubeをぼんやりと見ていた俺の目に、ある通知が飛び込んできた。
『星灯ミラがいまさら教える!Vtuberカルチャー講座』
星灯ミラの配信予約枠だ。しかも、そのタイトル──
「これ……まさか、俺に向けて?」
案の定、予約枠のコメント欄には《Vみりしらタカアキのためかw》《配信者へのマナー講座w》といった書き込みが並んでいた。
俺は思わず椅子の背にもたれて、頭を抱えた。
「マジかよ……恥ずかしい……けど……なんだこれ、めっちゃ嬉しい……」
配信開始時刻になり、画面に現れたのは、眼鏡をかけた教師風コーデの星灯ミラだった。
銀髪ツインテールに、青く澄んだ目、知性を感じさせる眼鏡、澄んだ声と柔らかい微笑み。
それでいてハキハキと話すその姿は、まさに“バーチャル講師”そのものだった。
「皆さーん、こんばんみらー!今日は、Vtuber界に無知な方でも分かる、超初心者向け講座を開きまーす!」
明らかにこちらを意識した挨拶に、俺は背筋を伸ばす。画面越しに、勝手に姿勢を正してしまう自分がいる。
講義は本格的だった。
キズナアイの登場から始まり、個人勢の動画時代、企業勢の台頭、配信スタイルの変化、にじさんじとホロライブの急成長、そして最近ではeSports界隈やリアル配信者との交わりまで──
そして星灯ミラが所属するVtuber事務所、CTRL-V。
めちゃくちゃでかい事務所だった。俺が所属するストリーマー事務所なんて比べ物にならないほどの規模のでかさだった。
所属タレント全員金盾?武道館ライブ?紅白出場?
──なんて相手と炎上しちまったんだ俺は……
俺の後悔も露知らずミラは配信を続ける。
『最近だとね、顔出しのストリーマーさんとか、プロゲーマーさんと絡むVも増えてきてるよね』
ミラが語るその言葉に、俺は自然と耳を傾けていた。
『私、“バーチャル東京に住んでる17歳の高校生”なんだけど──、最近じゃね、それも普通に「設定」って受け取られることが多くなってきた。もちろん、世界観大事にしてるVさんもいるし、それもリスペクトしてるけど』
『つまり何が言いたいかっていうと、昔は“こっち側に踏み込むな”って空気があったけど、今は交流が自然になってきたってこと! でもね、それを“面白がる”のと“踏みにじる”のは、違うから!』
その言葉に、俺の中で何かが引っかかった。
──ああ、俺が炎上したのは、知らなかったからじゃない。
──“知らないままでいよう”とした、あの傲慢さのせいだ。
──知識じゃない。態度だった。
配信者としての“間”や“リスペクト”の感覚。その欠如が、あの炎上を呼び込んだのだ。知識不足じゃない。姿勢の問題だったのだ。
講義の中盤、ミラはV業界各社の特徴に触れはじめた。
『こちらが、eSports系V事務所の「ぶいれいど」さん!』
画面に映し出されたのは、スタイリッシュな衣装に身を包んだVtuberたちの集合ビジュアル。
「……あれ、全員……可愛い……」
ふと漏れたその感想に、自分で苦笑する。
でも、その時にはもう、分かっていた。
──これは“キャラ”なんかじゃない。
──彼女たちもまた、戦ってるんだ。
バーチャルという戦場で、自分の存在を懸けて。
閉ざしていた扉が、静かに軋んで開く音がした。
俺の中に眠っていた「配信者としての感覚」が、わずかに目を覚ました気がした。