第28話 雀将タカアキ、再会の卓に立つ
マイクスタンドを調整しながら、PCモニターをじっと見つめていた。
表示されているのは『雀鬼闘牌伝』のランク。
——《雀将》
その一文を、しばらく見つめたまま、俺は静かに息を吐いた。
……ようやく、これで胸を張って声をかけられる。
あの人に。星灯ミラに。
マネージャーを通して改めてオファーを出した。「CTRL-V」宛てに、幻肢社杯への出演依頼。そして「もし彼女が麻雀に不安があるなら、初心者脱却まで私がサポートします」という文言も添えて。
数日後に返ってきた返事は、思っていたよりも、ずっとあっさりしたものだった。
『雀鬼闘牌伝~幻肢社杯~における、タカアキさんチームでの出演オファー。星灯ミラ、快諾いたします』
たったそれだけの文章なのに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
……本当に、来てくれるんだな。
◇
そして迎えた、顔合わせ配信の日。
各メンバーがそれぞれのチャンネルで同時に配信を行うスタイルで、俺のチームも今日が初回の放送になる。
配信ツールを立ち上げ、視聴者数がじわじわ増えていくのを眺めながら、俺は深く息を吸い、吐いた。
「みなさん、こんばんは。タカアキです。今日は幻肢社杯に向けた顔合わせ配信ということで、よろしくお願いします」
できるだけ落ち着いた声を意識したつもりだったが、自分の心拍はまだ速いままだ。
「はいはーい!こっちは神代ユズリハでーす!今日はタカアキくんと、ユエちゃんと、ミラちゃんと!豪華メンツでやっていくよー!」
「空劫ユエでーす。いつも通りのテンションだけど、油断してたら飛ばすぞ〜」
ユズリハとユエ。二人の明るいやり取りに、画面越しでもほっとさせられる。こういう空気感を作ってくれるのは、ありがたい。
そして——。
「……こんばんは。星灯ミラです。今日はよろしくお願いします」
その声が入った瞬間、心臓が一瞬、止まった気がした。
久しぶりに直接聞いた、彼女の声。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
やっとの思いで返事をする。
画面に映る彼女のアイコンが表示された。表情までは読み取れない。でも、少しぎこちない口調に、きっと向こうも緊張してるんだろうなと思った。
俺たちは、やっと“再会”した。
「さーて、じゃあせっかくだし、一局打ってみようよ!」
ユズリハの提案に、他の二人も乗ってくる。俺もそれにうなずきながら、すぐさまフレンド戦のルームを立てて、コードを共有した。
一人、また一人と入ってくる。
最初はユズリハ。「雀王」。さすがのランクだ。
続いてユエ。「雀将」。ゲーム全般に強い彼女らしい実力。
そして最後に——。
「お待たせしました……入りました」
ミラの入室通知とともに、彼女のランクが表示された。
「……えっ、ミラさん、雀王?」
思わず声が出た。
「はい……実は、配信ではあまり触れてなかったんですけど、コツコツ練習してたら、いつの間にか上がってて……」
「自力で……?」
「ええ。本当に一人で、です。あんまり自信はないんですけど……」
その言葉に、俺は心底驚いた。
でも同時に、少しだけ胸が温かくなった。
「すごいな……正直、驚きました。でも、心強いです。チームとして」
「ありがとうございます」
彼女の声に、少しだけ、柔らかさが戻っていた気がした。
そのまま始まった東風戦。
場に積まれる牌、捨てられていく牌。駆け引き。沈黙。笑い。
コメント欄が盛り上がっていくのが、目に見えてわかる。
《この4人おもしろすぎ》《タカミラついに見れるの激アツ》
そのたびに、過去の痛みが、少しだけ、和らいでいくようだった。
「ところで、タカアキくんチームってチーム名まだなんだっけ?」
ユズリハが配信終わりにそう振ってきて、俺は笑いながら答えた。
「まだ。これからみんなで相談して決めようって話になってて」
「おっけー! じゃあそれも楽しみにしてるねっ!」
配信を閉じる直前。
画面に流れたあるコメントに、目が止まった。
《またミラさんと組むタカアキ見られるの嬉しい》
《麻雀が繋いだ縁って感じだね》
……そうかもしれないな。
炎上は過去のことだ。俺たちは今、この卓に同じチームとして座ってる。
配信を終了し、静かな部屋に戻ってきた。
やっと、時計の針が動き出した気がした。