第27話 本気を、見せてよ
夜。静かな部屋に、タカアキの声だけが流れている。
「リャンピン……いや、これはチーしても、打点が……あー、これ詰んだな……」
モニターの向こう、必死に頭を抱えている彼が映る。その隣には、涼しげな表情の少女──花菱フィーナ。雀帝、麻雀界隈のトップVtuberだ。タカアキが雀力強化のためにコーチングを依頼した最終兵器。
座学→フレ戦→ランク戦→反省会→再座学──まるで軍隊みたいな麻雀特訓配信。視聴者は最初こそ爆笑していたけれど、次第にコメントは「がんばれ」や「まじで根性あるな」に変わっていった。私もそのうちの一人。コメントはしないけど、ずっと見ている。
小さく息を吐いて、スマホに目をやる。幻肢社のX公式アカウントが、ついさっきポストをしていた。
『雀鬼闘牌伝~幻肢社杯~』エントリーチーム第二弾発表!
tqkqkiチーム:神代ユズリハ/空劫ユエ/Coming Soon…
「やっぱり、そこ空けてくれてたんだ」
つぶやいた私の声は、部屋の中でだけ反響した。画面の中のタカアキには届かない。
でも、正直、ちょっと嬉しかった。ちゃんと私のために空けてくれた。そのために、あえて名前を伏せた。タカアキのそういうところ、昔から好きだった。だって──
「私は、古参だからね」
最初の配信、アーカイブ、全部見た。全部見てる。忘れてるかもしれないけど、あなたが一番苦しんでたとき、コメントひとつできずに見守ってたリスナー、それが私なんだよ。
私は初配信で、麻雀は苦手って言った。うん、確かに言った。でも“苦手だから配信ではやりません”とは言ってない。むしろ、苦手を克服する配信の方が、見どころはあるでしょ?それでも、私はあのときオファーを即答で断った。
なんでかって?
「ただ誘われて出るだけじゃ、嫌だったから」
STXのとき、あなたは“5億の借金ロール”に命を懸けた。DivineClashでは“真剣勝負宣言”をして私に負けた。その本気が、画面越しでもちゃんと伝わってきた。
でも、結局私に辿り着けなかったじゃん?
だから今回も、ちゃんと準備して、努力して、それでもう一回“会いに来て”ほしかったの。
「私が麻雀の苦手を克服できたらコラボOKだよ」って、そう言えば、あなたは絶対に私に教えるために“やる”と思った。
だって、私はあなたのこと、ずっと見てるんだから。
◇
「……え? お前、タンヤオで喰いタン狙ったのに、それチャンタ? いや、なんで?」
フィーナの声が冷たく刺さる。俺は反射的にマウスを投げそうになったけど、なんとか拳を握り込んで堪えた。
「違うんだよ……これは……っ」
「“違うんだよ”じゃありません。状況判断が甘すぎます」
地獄かよ。
もう、何時間やってんだろう。昨日も配信後に一人で卓回して、脳がショートしかけた。ランクマじゃラス率が爆上がりして、視聴者が煽る煽る。
『麻雀初心者なのにイベント出ようとするなw』
『誰かミラさん呼んでこい、こいつ止めろw』
『えっぐ、ドラ切ったwww』
……うるせぇ。こっちは本気なんだよ。
たしかに、俺は麻雀配信なんて普段はしない。けど、あいつ──星灯ミラが「苦手を克服できたらOK」って言ったからには、やるしかないだろ。”麻雀が苦手”なミラに俺が教えようとしているんだ。俺が苦手でどうする。
あのとき、STXで会えなかった。DivineClashでも負けた。ミラには一度も、例の炎上したコラボ以外でまともに会えたことが無い。だから今度こそ、実力で、配信者として、あいつに「お前と並ぶ価値がある」って証明したいんだ。
「……やっと、雀将か」
長かった。昇格の瞬間、コメント欄が爆発した。
『「タカアキ雀将www』
『おおおお!おめでとう!』
『Coming Soon、そろそろ来るか……?』
Coming Soon──画面の名前欄に空白のまま残ってる、あの一枠。
そろそろ、あの名前を刻んでもいいんじゃないか?
「見てろよ、ミラ。今度は、ちゃんとお前に会いに行く」
俺の手が、再び牌に伸びる。画面の向こうで誰かが、少しだけ笑ったような気がした。