第22話 わたしの+REVERSE
動画を撮り終えて、私はカメラの前で固まったまま、しばらく動けなかった。
サムネに使えそうな静止画も撮ったし、編集で足りないテンションは盛れる。でも、それでもどこか、抜け殻みたいな感じがする。
「うーん……これでいいのかなあ」
無意識に漏れた声に、自分でも驚く。
「いい」の基準はいつもより厳しいくせに、今日はどうしても心が乗らない。
帰ってからの配信、RPG実況の続きをした。コメント欄はいつもどおり優しくて、ネタバレにも気を使ってくれてて、本当にありがたい。
けど、気づいてしまった。
笑ってる“私”を見て、私はいちばん、冷めた目をしてた。
別の日。
「じゃあ、いきまーすっ!」
マイクの前で感情をこめて台詞を吐く。ボイスレッスンは好き。声に気持ちを乗せる作業って、なんだか生きてるって感じがして。
けど、今日は違った。感情じゃなくて、焦りが滲んでるのが、自分でわかる。
その夜はユズリハちゃんと「ガデアリ3」の配信。やっぱりこの子、強すぎるんだよなあ。
「えー!?それ当たるの!?」「うわ、今のコンボすごすぎるでしょ〜!」
楽しかった、のはたしか。でも終わった後、アーカイブを見返す気になれなかった。
毎日忙しいし、やることは山ほどある。
話題の新作ホラーゲームを実況した日は、絶叫して笑って、リスナーにも「今日のミラちゃん最高だった!」って言ってもらえて。
ある夜、配信を終えて、ベッドの上でスマホを開いた。
再生したのは、斬波レイナちゃんの配信チャンネルに投稿された――
『-ERROR/斬波レイナ×空劫ユエ×タカアキ【歌ってみた】』
あの3人が並んでサムネに写ってる時点で、ちょっとムッとした。
しかも選曲が『-ERROR』。
――全部異常だよ。
再生ボタンを押す。
レイナちゃんの透明感のある声に、ユエちゃんの憂いを含んだ低音。そして……まさか、タカアキくんまで。
あの無口な男子が、歌い出した瞬間に空気が変わった。
男の子のキーなのに、しっかり芯があって、しかも表情がある。
……悔しい。ずるいよ。
コメント欄は「うまっ」「タカアキ歌えるの!?」「3人の声が混ざり合ってて神」って、大盛り上がり。
いいな、って思う気持ちと、置いていかれたような気持ちがぐちゃぐちゃに混ざる。
私は、スマホを胸に押し当てて、思わず小さくつぶやいた。
「……なんで、私じゃないの」
たくさん活動してるのに、どこか満たされない。
たくさん笑ってるのに、心がついてこない。
きっとこれは、嫉妬だ。
私は、ベッドから飛び起きて、PCの電源をつける。
マネージャーの連絡先を開いて、深夜だってわかってるのに、指が止まらなかった。
「歌ってみた動画を出したいです。曲はnikiさんの『+REVERSE』でお願いします」
-ERRORの姉妹作、+REVERSE。
あの3人に対する、いや、タカアキくんに対する私なりの答え。
誰の真似でもない、“星灯ミラ”の声で、私は私を証明するんだ。
送信ボタンを押して、PCモニターの画面が暗くなる。
深夜の静寂の中、心臓の音だけがうるさいくらいに響いていた。




