第21話 -ERRORの向こう側
まさか、自分が歌ってみた動画を出すことになるなんて。
斬波レイナの軽いノリに流されて、気がついたら「ブレイド+α」の名義で、空劫ユエと三人で歌を録ることになっていた。俺が歌?正直、未だに信じられない。
「俺、歌とかやんないって。無理だから」
そう言った時のレイナとユエの反応は、完全に“想定内”だったんだろうな。レイナは「大丈夫大丈夫〜」なんて気楽な声で言いながら、すでにスタジオの予約まで済ませていた。ユエも「タカアキ、意外と良い声してるよ」と悪びれずに背中を押してくる。
――逃げ道が、なかった。
指定された「ぶいれいど」のスタジオに行っても、当然、二人の姿はない。あくまで“リアルで会えない”がVの掟。俺はプロのエンジニアに囲まれ、孤独にマイクと対峙する羽目になった。
――そして今日。
時刻は夜の8時。斬波レイナのYouTubeチャンネルでの生配信。俺とユエもディスコードで通話を繋ぎ、コラボ形式で出演している。
「タカアキ、心の準備できてる?」
「やめろ、こっちは胃が痛いんだ」
レイナの煽りに、俺はため息混じりに返す。コメント欄は『何の告知だ?』『まさかブレイド解散?』『コラボグッズ?』と予想合戦で騒がしい。
「じゃあ……そろそろ告知、いっちゃいましょうか〜!」
レイナが溜めに溜めてから、満を持して口を開く。
「なんと! このあと21時からっ! “ブレイド+α”の歌ってみた動画がプレミア公開されます〜!」
『は???』『え???』『歌?????』
コメント欄が凍った。見事なまでの硬直っぷりだ。
「しかも歌ったのはあの名曲、『-ERROR』!」
ざわつくコメント欄。『いや、マジで?』『タカアキさん、歌えたの?』『これドッキリじゃないよね?』
「まあまあ〜、みんな、一回聴いてみてよ? ね、ユエちゃん?」
「うんうん。絶対ビックリすると思うから!」
どういうテンションでこの場にいていいのか分からない俺は、ただ黙ってコメントを眺めていた。けど、心臓だけはドラムセットのキックみたいにドクドク鳴ってる。
――そして、21時。
プレミア公開が始まる。
-ERROR、あのnikiさんの名曲。重たくて鋭いトラック、虚無と怒りが混じったボーカロイドの世界。そのイントロが始まった瞬間、コメント欄の空気が一変した。
『え、タカアキさんこれ!?』『まって、歌上手くない?』『誰だこのイケボ』『いやマジで上手いじゃん』『低音かっこよ……』
俺のパートが始まった途端、ざわめきがざわめきじゃなくなった。俺の歌に、反応してくれてる。音程も、表現も、全部本気でやった。何より、ユエとレイナとの掛け合いが――予想以上に、いい化学反応を起こしてた。
「ね、ね? 言ったでしょ〜? びっくりしたでしょ〜?」
レイナがドヤ顔ボイスでコメント欄を煽る。
「タカアキさん、これは隠してましたね〜!」
「……いや、別に隠してたわけじゃ」
「次はオリジナル曲、いっちゃいます?」
「おい。調子に乗るなよ」
でも、内心は――ちょっと、嬉しかった。
FPSで叫ぶだけだったこのマイクで。ゲーム実況だけが“俺の表現”だと思ってたこの配信部屋で。まさか、歌で反応もらえる日が来るなんて。
「ま、たまにはこういうのも、悪くねぇな」
独り言みたいに呟いた俺の声は、配信には乗らなかった。けどきっと、誰かには――伝わってる。