第20話 俺が“歌みた”って本気かよ?
イベントが終わると、世界が静かになった気がした。
STXのストリーマーイベント、そして格ゲーイベント『DivineClash』。どちらも数えきれないほどの刺激があったけれど、終わってしまえば現実はいつもの部屋に戻る。マイクとカメラの前に座り、モニターを見つめる。ああ、これが俺の日常だ。
けれど──。
確実に、何かが変わっていた。
「お疲れさまでしたー!」
ディスコードの通話が切れた後、モニターに映ったチャット欄をぼんやり眺めながら、俺はマグカップを手に取る。今日の配信はFPSだった。斬波レイナ、そして他の「ぶいれいど」のメンツとチームを組んで、終始賑やかに遊んだ。
一人じゃない。今は、そういう時間が増えている。
ガデアリ3の配信では、空劫ユエやコーチのNokutoさんと熱い対戦を繰り広げた。幻肢社の九条レムや神代ユズリハとも、イベント後に何度か交流を持った。アークン、シオン・グレイウッド、花菱フィーナ──あの日あの場所で出会った面々とも、気づけば配信で一緒に遊ぶことが増えていた。
「……すげえな、俺」
思わず苦笑する。元々、他人との距離感に不器用なはずだった俺が、こんなふうに誰かと過ごす時間を自然に楽しんでる。イベントを通じて何かが変わった、というより、誰かによって変えられてしまった……そんな気がする。
その“誰か”の名前を、口に出さずとも思い浮かべていた。
星灯ミラ。
忘れもしない。FPSイベントでの炎上騒ぎ。あのとき、彼女に助けられた。
『Vtuberカルチャー講座』を見て、知らなかった世界に興味を持ち、気づけば俺はその文化にどっぷり浸かっていた。
STXイベントでは五億の借金を背負って、ミラの歌を聴くためだけにラーメン屋ロールプレイまでやった。
ガデアリ3では、彼女に真剣勝負を挑んだ。勝ち負けではない。あのとき俺が賭けたのは、感謝の気持ちそのものだった。
「思えば、ずっとどこかにミラがいたんだよな……」
呟く声が、自分でも驚くほど静かだった。
一区切りついた、と思っていた。
真剣勝負の末に、きちんと礼を伝えて、終わった……はずだったのに。
──『私、昔からタカアキさんの古参リスナーだったんですよー』
ふと、脳裏に焼きついていたミラの声が蘇る。
あれは、DivineClashのインタビューだった。試合前、彼女は笑顔でそう言った。
リスナー?俺の?古参って……いつからだよ?
「ネットで話題になっててもおかしくなかったよな、あれ」
だが実際は、ミラの圧倒的な活躍によって、その発言はほとんど注目されることはなかった。
忘れられた、というより、かき消された。それでも、俺の中では引っかかり続けている。
──誰だよ、お前。
心の中で思わず問いかける。
アーカイブを見返し、昔のコメント欄を遡ってみても、それらしいリスナーの名前は当然ながら見つかるはずがない。
「ガチで誰なんだよ……」
もやもやが、喉の奥でひっかかる。
そんなとき、ディスコードの通知音が鳴った。
差出人は、斬波レイナ。
『ブレイド+αで“歌ってみた”やらない?タカアキもどう?』
歌?俺が?いやいや無理だろ!!




