第17話 DivineClash、開幕
ついに、この日が来た。
朝から、心臓が落ち着かない。いつものように早めに起きて、ストレッチをして、白湯を飲んで、軽い筋トレまで終えた。ルーティンは完璧だった。それなのに、座った椅子の上で指先がそわそわと落ち着かない。息は浅く、視界の端に浮かぶ光さえも妙に眩しく感じる。
DivineClash――ガデアリ3のストリーマー対戦イベント。その本配信が、まさに今、始まろうとしていた。
モニターの中で、Vtuber事務所『幻肢社』のロゴがフェードインし、軽快な音楽と共にオープニングムービーが流れる。視聴者数は秒ごとに跳ね上がっていて、コメント欄は既に嵐のようだった。
「さあ、ついにこの日がやってまいりました!ガデアリ3公式イベント“DivineClash”、本日の実況は私、eSportsキャスターの冴木ルイがお届けします!そして解説はこの人、プロ格闘ゲーマーのRekkaです。」
「よろしくお願いします」
元気な冴木の声に続いて、落ち着いたトーンのRekkaが応じる。
俺は、Rekkaの声を聞いた瞬間、背筋がピンと伸びた。
彼はこの業界じゃ伝説に近い存在だ。とくにミラが使うキャラ“カミラ”の名使いとして有名だ。そのRekkaが、今日の解説だというだけでもプレッシャーなのに。
「さてRekkaさん、今日は注目のカードがいくつもありますが、特に楽しみにしている対戦は?」
冴木の問いに、Rekkaは一瞬だけ笑って言った。
「やっぱり、tqkqki vs 星灯ミラですね」
来た。
「バズりましたからね、あの真剣勝負宣言」
Rekkaがそう続けた瞬間、コメント欄がまた炎上するように湧いた。
「しかも今回、僕は星灯ミラさんのコーチとして参加しています。彼女が使用するカミラの、少しでもお力になれればと」
その言葉に、俺は心の底から震えた。
そう、星灯ミラのコーチについたのは、このRekkaだった。
その話を耳にした時は信じられない気持ちだったが、同時に最上の選択だとも思った。ミラのスクリム中の異常な対応力。冷静な立ち回り。急成長の背景は、このRekkaのコーチングの効果だったのだ。
でも、それならこっちも――
「Nokutoさん、あと5分だって」
ディスコードの通話に戻ると、Nokutoさんの声が聞こえた。自分のコーチ、そしてこの数週間、毎晩のように付き合ってくれた相棒だ。
「大丈夫、準備は完璧だ」
俺は震える手をぎゅっと握った。
画面では今、出場チームの紹介が始まっていた。タカアキ所属の『ブレイド+α』、そしてミラが所属する『神星カンパニー』。
次に映るのはインタビュー。全員の宣材写真が画面上に並び、ディスコードのインタビュー用通話チャンネルに全員が参加する。
数カ月前のFPSイベント以来の“対面”。会話こそ無いが、ミラの名前が映るだけで、心拍がまた跳ねた。
「それでは次は、ブレイド+αのtqkqki選手です!」
映像が切り替わり、俺の番になった。キャスターの冴木ルイが「意気込みをお願いします」と質問してくる。
一拍、間を置いてから、俺は答える。
「ミラさんのコーチにRekkaさんがついたと聞いて、より一層コーチのNokutoさんと練習に励んできました。それを全力でぶつけたいと思います」
煽りはしない。過去にも触れない。ただ、今の自分の気持ちを正直に伝えた。
そして、次のインタビューは俺の対戦相手の星灯ミラ。
「私、実は昔からタカアキさんの古参リスナーだったんですよー」
……は?
「だからキャラ対もそうですけど、人読みも完璧だと思うんです。だからスクリムの時みたいな負け方はもうしないと思います!」
配信のコメント欄が爆発していた。『マジかよ』『古参!?』『番外戦術w』といった文字が流れ続ける。
俺の脳内も同じように混乱していた。まさか……?
「……嘘だろ」
まさか、あのリスナー達の中に、星灯ミラがいた……?
そんな衝撃に包まれながら、実況が叫ぶ。
「さあ! DivineClash第一試合、いよいよ開始です!」
俺は、コントローラーを握る手を見下ろした。汗で湿っていた。深く息を吸い、吐いて、目を閉じた。