第16話 私が“星灯ミラ”であること
私は、もともとただの視聴者だった。
どこにでもいる、ごく平凡な、ゲーム配信を眺めてコメントを打つだけの存在。
うまく笑うことも、目立つようなコメントを打つこともできない。
それでも、ある配信者だけは特別だった。
tqkqki。タカアキ。
名前の読み方さえ分からないような謎めいた活動者名。
でも、声は落ち着いていて、プレイはガチで、リアクションは素直で……
何より、一人でゲームしてるのに、ちゃんと楽しそうだった。
怒ったり、笑ったり、悔しがったり、時には本気で泣きそうになっていたり。
ゲームという世界に全力で向き合うその姿が、私にはまぶしく見えた。
私はただ、彼の配信を観ていた。チャット欄の隅っこにいる一人として。
そんな私が「星灯ミラ」になるなんて、想像もしていなかった。
あの日、CTRL-Vのオーディション告知を見つけたのは、ほんの出来心だった。
どうせ受からないし、記念みたいなものだと思って送ったボイスサンプル。
でも、合格通知は来た。本物だった。
私が、あのCTRL-Vの新メンバーとして選ばれたのだ。
最初は何も分からなかった。
台本を読んで喋ること、コラボで笑うこと、歌枠のやり方。
そのどれもが夢みたいで、でも戸惑いばかりだった。
気がつけば登録者は伸びて、歌はヴォーカルレッスンを受けてオリジナル曲に変わり、ゲーム配信はタカアキくんを真似してVECTRONを中心に、いろいろなジャンルにチャレンジした。
やがて私は、事務所の看板みたいな存在になった。
事務所全体で武道館でライブもしたし、仲の良い先輩は紅白にまで出た。
画面の中の私はキラキラしてた。眩しくて、他人みたいだった。
──だけど、ひとつだけ、失ったものがあった。
“私”が、tqkqkiのリスナーだったということを、彼に伝えることができなかった。
星灯ミラとして出会うチャンスは、自分で作るしかなかった。
だから私は、事務所に企画を出した。
「人気ストリーマーとVtuberがペアでFPSを遊ぶ」配信企画。
どうにかしてタカアキくんと組めるよう、水面下で調整を進めた。
……結果は、みんな知っての通り。
タカアキくんはV文化への無知から炎上した。
私は必死でフォローして、急遽「Vtuberカルチャー講座」なんて配信もやった。
コメント欄で嘲笑されたのも、ファンから不満をぶつけられたのも、全部受け止めた。
火は、なんとか消えた。けど、そのあとで彼は、別のVにハマってしまった。
私じゃなくて、違う誰かを推していた。
理由なんてわからなかった。ただ、胸の奥がずっと、モヤモヤしていた。
──もう一度会いたい。
それが、私がSTXイベントに彼を推薦した理由。
FPSじゃない、純粋なストリーマーサーバーイベントなら、きっとまた交われる。
そう信じていたけど、ゲームの中でも、私たちは結局、すれ違ったままだった。
だから今度こそ。
この「DivineClash」で、彼と向き合う。真正面から。
チームリーダーの神代ユズリハさんに、私はDMを送った。
カミラ使いで、アナスタシアのキャラ対策ができるプロ格闘ゲーマーを紹介してほしい、と。
勝ちたい。全力で。逃げずに、誤魔化さずに。
私は、星灯ミラとして、彼に勝ちにいく。