第15話 推しのVに真剣勝負宣言をしてみた
試合が終わったあと、なんとも言えない空気が配信部屋に流れていた。
俺――タカアキは、ディスコードに映るメンバーの名前を見回す。斬波レイナ、空劫ユエ、そしてコーチのNokutoさん、YAKOさん、Izanamiさん。
神星カンパニーとのスクリム初戦。結果は一勝二敗。俺の一勝だけが、唯一の収穫だった。
「……くそ、神さんに負けたのが一番悔しい。なんであの人、あんなに仕上がってんのよ……」
レイナが唇を尖らせる。いつもの冗談めいた調子ではない、ガチの悔しさが滲んでいた。
「さすがにトップランカーね。伊達にガデス帯じゃない」
ユエがフォローのように口にするが、その目はむしろ感心していた。自分を倒した神代ユズリハに対するリスペクトが見えた。
俺は苦笑しながら、自分のリプレイを脳内で巻き戻す。
「けどさ、ミラちゃんの動き、なんか変だったよね」
ユエがぽつりと言った。
「え?」
「初心者って言われてたけど、ゲーム慣れしてるのは間違いないし、イベント慣れもしてる。なのに、タカアキとの試合、緊張してたっていうか……」
「ほほーう?つまり……」
レイナがニヤリと俺の顔を覗き込んでくる。
「タカアキとミラの間に何かあるってこと?」
「ねーよ」
即答した。けど、否定する声がほんのわずか震えたのを、自分でも自覚していた。
「まあ、相性差とキャラ対がばっちり刺さったんだろう」
Nokutoさんが静かに言葉を挟む。
「けど、まだ油断するなよ。相手は次、本気でくるぞ」
「……はい」
勝ったはずなのに、なんだろう、このざわつく胸の内。
俺は、なぜ勝利に満足できていない?
配信が終わり、夜も更けてからの練習配信。
雑談モードに入った俺とNokutoさんは、またしても“推し語り”へと流れ込んでいた。
「白宮みみの卒業配信、俺、泣いちまったよ」
Nokutoさんの声がほんの少しだけ掠れていた。
「もう、画面の向こうの彼女には届かないけど……それでも俺は、応援してたこと、後悔してないんだ」
その言葉が、やけに胸に刺さった。
――俺は、本当の意味でミラとの炎上の件に向き合っているのか?
ただ勝つだけじゃない。
俺は、ちゃんとぶつかり合いたい。
彼女が本気で来るなら、俺も全力で返す。
だから、俺は――
「俺は、本番当日、炎上の件でお世話になった恩を、本気のプレイでVtuber、星灯ミラさんに返す。だからミラさんも、本気で向かってきてくれ!」
配信のコメント欄が一気に流れ始める。
《かっけえ!》《言ったー!》《これがeスポーツのドラマ……》《ミラちゃん絶対見るよなこれ!》
俺は、静かにマイクを置いた。
◇
スクリムのリプレイを見つめながら、私はソファに崩れるように倒れ込んだ。
負けたことよりも、胸の奥の“苦しさ”が消えなかった。
タカアキの前だと、どうしても心がざわつく。
「アイドルとしての自分」と「一人の少女としての自分」
その境界が、曖昧になっていく。
Xをなんとなく開くと、トレンドに『タカアキ』の名前があった。
――配信アーカイブの切り抜き。
『本番当日、炎上の件でお世話になった恩を、本気のプレイでVtuber、星灯ミラさんに返す。だからミラさんも、本気で向かってきてくれ!』
スマホを握る指が、小さく震える。
「……もう、逃げない」
私はそう、呟いた。