第12話 Divine Clashへの招待
STXイベントが終わって数日が経つというのに、俺の脳内はまだあの光景を引きずっていた。ブースの熱狂、照明の眩しさ、音響のうねり、そして何より、星灯ミラの歌声。
あの歌声がずっと頭のどこかで鳴り続けている。現実が少しずつ日常へと戻る中で、俺だけが取り残されているような感覚だった。
だが、現実は止まってはくれない。
パソコンを立ち上げると、ディスコードの通知が鳴った。送信者は――空劫ユエ。
ユエからの誘いは、あのSTXの最終日にすでに話題に上がっていた。来月開催されるイベント、「GODDESS ARENA 3 - DivineClash」。格闘ゲーム『GODDESS ARENA 3』、通称ガデアリ3のチーム対戦イベントだ。
イベントの主催は、Vtuber事務所「幻肢社」。STXで知り合った九条レムが所属しているところでもある。その幻肢社の中でも、ガデアリ3をメインに活動している神代ユズリハというVtuberが中心となって開催するらしい。
三人一組のチーム戦。全八チームが参加し、ダブルイリミネーション方式のトーナメントで優勝を争う。
開催は一か月後。
ユエからは、俺にチームの先鋒として参加してほしいと言われていた。
だが――俺はその返事をまだしていない。
いや、正直な話をすれば、断る理由はなかった。ただ、気後れしていた。格ゲーなんて、まともに触ったことすらない。
「……とりあえず、やってみるか」
Steamを開き、『GODDESS ARENA 3』を購入。
インストールが終わると、俺は一人用モードに手を伸ばした。
――開始五分。
「クソ……なんだこのゲーム……! なんでこっちの攻撃が当たらないんだよ!」
思わず、机を叩きそうになる。敵のコンボが止まらない。こっちの入力は全然受け付けてくれない。技名を叫ぶ女性キャラの声が、もはや煽りに聞こえてきて、画面にグーパンしたくなる衝動をどうにか抑えた。
このゲーム、キャラは全員女性。豪華声優陣を起用した「神々の代理戦争」という設定のもと、剣士から魔導士、果てはアイドルまで、様々な神姫が拳を交える。
操作モードは二種類。ひとつはコマンド入力によって技を繰り出す「エキスパートモード」。もうひとつは、ボタン連打でもコンボがつながる「ベーシックモード」。初心者向けと言われるベーシックモードですら、俺はまともに戦えていなかった。
ランク帯も用意されていて、下から順に「アプレンティス」「デュエリスト」「グラディエーター」「ヴァルキリー」「チャンピオン」「ディヴァインフィスト」「セレスティア」そして最上位「ガデス」――総プレイヤー数の中でも、上位300人のみが到達できる頂だ。
ちなみに空劫ユエはそのガデスランク。現在238位。
「なんなんだよ……あの女……」
ぐったりしながら背もたれに身体を預けると、ディスコードの通知がまたしても鳴った。
ユエからのDMだった。
『で、どうなの?DivineClash、出るの?』
逃げられない空気だ。
俺はキーボードを叩きながら、ひとつ質問を返した。
『ちなみに……同じチームのもう一人って誰なんだ?』
すぐに返信が来た。
『斬波レイナ先輩。ご存知ぶいれいど所属。チャンピオンランク。副将。よろしく』
「マジか……」
斬波レイナ。ユエの先輩で、以前CHRONOVAのイベントに誘われたときに、俺が断った相手でもある。まさか、ここでその名前を再び聞くことになるとは……。
やや気まずさを感じながら、俺は画面を見つめた。
だが、ユエはそこで終わらせなかった。
『それと。別チームに星灯ミラちゃんいるよ』
その一文だけで、心が跳ねた。
あの炎上の時、送ってくれたメッセージ。
「また一緒にゲームしよっか、斉藤さん」
……決めた。
『出る。先鋒、やらせてもらう』
エンターキーを押すと、すぐにユエからスタンプが返ってきた。
ガデアリ3のキャラ「神翼ルシア」が親指を立てるやつ。
俺の格闘は、まだ始まってもいない。