第10話 ラーメンとクイズと、五億の夜
四日目の朝。起き抜けにSTXのマップを開いた俺の目に映った物。
"ラーメン タカアキ軒"。
白地に黒い筆文字で、MAPの隅っこにぽつんと、俺の名前が入ったラーメン屋のアイコンが出現していた。
「……まじかよ」
俺はすぐにカーナビ機能を使って、指定された地点へ向かう。そこは商業エリアの外れ、裏通りのような場所にぽつんと建つラーメン屋だった。暖簾には『タカアキ軒』の文字。のれんの動き、店の佇まい……どこか懐かしい、リアルの店を思わせるような精巧さだった。
中へ入ると、カウンター六席、テーブル二卓。厨房にはAIのオート調理ユニットが設置されており、メニューは一つだけ。
──黒マー油ラーメン。
それを選択すると、詳細な説明が表示された。
『空腹値100%回復。ストレス値30%回復。特製ガーリックオイル付き。』
俺は無意識に笑っていた。
「……スタッフ、クリプトホール。お前ら、最高かよ」
多分、あいつらの計らいだ。誰かが、この効果を“借金返済中の俺のために”設定してくれた。それが嬉しくて、涙が出そうだった。
俺はすぐさまSTXのSNS機能を使って、告知文を投稿した。
『【開店告知】ラーメン タカアキ軒、本日オープン!空腹もストレスも癒します。商品は黒マー油ラーメン、価格は50万円。ただし、tqkqkiにVtuberクイズを出題して俺が正解したら10倍、500万円。俺が不正解なら5万円。さあ、勝負だ!』
反応は早かった。コメント欄が瞬く間に炎上……いや、活性化した。
《たっかwww》《いやこれ絶対クイズ勝てば安い》《撮れ高しかない》《ラーメン一杯500万て何味やねん》
その日の午後には、店の前にSTX参加のストリーマーやVtuberの列ができていた。クイズとラーメンを求めて、皆がやって来た。
「ようこそ、タカアキ軒へ。注文は一択、勝負は一発だ」
俺は一人一人にラーメンを提供しつつ、Vtuberに関するクイズを出されては答えていった。
「問題。2024年に引退した、白髪ケモ耳系のVtuberは?」
「それ、ミコルだろ。次」
「……正解ッ!」
俺はラーメンを注ぎながら、500万を受け取り、また別の客には5万しか受け取れなかったりもした。それでも、店は盛況だった。
そんな中、懐かしい顔が現れた。
「よお、儲かってるか?」
アークンだった。
初日に俺に5億の借金を背負わせた詐欺師──いや、今となっては“スポンサー”とでも呼ぶべき男。
「……来たかよ」
「そりゃ来るさ。投資先がどうなってるか見届けないとな」
アークンはカウンターに座り、ラーメンを啜りながらニヤリと笑った。
「じゃあ、クイズを一つ。タカアキ君が炎上した原因のVtuber、誰だったっけ?」
空気が一瞬止まった。
俺は箸を置き、深呼吸を一つ。
「……星灯ミラ」
アークンは、口元に笑みを浮かべた。
「正解。いや、さすがにそのくらいは外さねぇか。ま、当事者だもんねー」
――撮れ高の悪魔め。と思いつつ、俺は心の中でアークンに感謝した。
◇
そしてイベント最終日。
俺の手元には──ちょうど5億があった。
俺は黙ってアークンに全額を返した。
「……返すぜ。ありがとうよ」
「おう、またいつか面白ぇことやろうぜ」
が。
星灯ミラの出演する音楽イベントまで、残り1時間。
参加費は、1000万。持ち金はゼロ。ラーメン屋には、もう誰も来ない。
諦めかけたそのとき。
「遅れてごめーん!」
ラーメン屋に飛び込んできたのは、警察アバターを着たVtuber、空劫ユエだった。
「アンタ、今夜のイベント行きたいんでしょ。1000万、貸してあげる。ただし……条件付き」
「条件?」
「来月の『GODDESS ARENA 3』のストリーマー大会で、うちのチームの先鋒やって」
GODDESS ARENA 3、通称ガデアリ3。女性キャラオンリーで世界大会も開かれる超人気格闘ゲーム。ユエが活動のメインにしている格ゲーだ。
「俺、格ゲー素人だけど……事務所に確認してからでいいなら」
「オッケー。それでいいよ。じゃ、これ」
画面の中で1000万クレジットが俺の口座に振り込まれた。
俺は笑って、暖簾をくぐる。
「……待ってろ、ミラ。今、行くから」