第1話 Vアンチ、炎上してコラボ相手のVtuberに救われる
俺の名前は斉藤貴明。ネットでは「Tqkqki」の名前で活動してる。
読みにくいって? 慣れればスッと入るって、マジで。
FPS歴は七年、配信歴は五年。
大学の頃からずっと撃って、喋って、それでメシを食ってきた。
プロじゃないが、それなりに名前は知られてる。登録者十数万ちょい。
配信は基本、毎晩。リスナーは固定が多くて、空気もいい。
「よっしゃ、今のはヘッショ確定だろ!」
プレイはガチ。けどトークは肩の力抜いて、コメント読みながら笑ってる。
ゲームはひとりでやるのが好きだし、イベントにもあまり顔は出さない。陰キャ?まあ、そうかもしれないな。
そして何より——俺は、Vtuberアンチとして、ちょっとした有名人だった。
キャラを作って喋る。作った声で笑う。
ファンタジーめいた外見に、媚びた口調。
「嘘っぽい」、それが正直な感想だった。
俺は、そういうのに耐性がない。見てるとむず痒くなる。
「またVかよ。知らねーって、別ジャンルだろあれは」
配信に貼られる切り抜きも、極力スルーしてた。
こういう反応が俺の名をVアンチとして広めていた。
嫌いってわけじゃない。ただ、こっちの空気に持ち込まないでくれって、それだけ。
でも——それはある日、急に崩れた。
「来週、大型コラボがあるからスケジュール開けといて。V事務所とのコラボだって」
マネージャーから来た連絡は、信じがたい内容だった。
どうやら人気Vtuberたちと、1対1のペア形式でバトロワ系FPSをやるらしい。
「……嘘だろ」
ゲーム内容はともかく、Vとの絡みは無理だ。絶対合わない。
どう考えても俺のキャラじゃない。
「報酬はかなり出るよ。登録者の流入も見込めるってさ」
その言葉に、口をつぐむ。
金と数字。それがついてくるなら、出るしかない。それが“プロ”だろ。
「……分かった。やるよ。空いてるし」
腹を括った。でもまさか——あんな形で価値観を揺さぶられるなんて、このときの俺には想像もできなかった。
◇
コラボ当日。ディスコードのボイスチャットに入ると、既に何人かが待機していた。
アニメ調のアイコン。高い声。猫耳、角、ツインテ。
──相手の事務所の参加者は当然、全員、Vtuberだった。
配信開始前の挨拶もそこそこに、コラボイベントが始まってしまった。
そして、彼女がいた。
「はじめまして~!CTRL-V所属の星灯ミラです!タカアキさん、今日はよろしくお願いしますっ!」
銀髪ツインテールの美少女。画面越しでもやたら映えるそのキャラが、配信画面いっぱいに笑顔を弾けさせていた。
名前は《星灯ミラ》。登録者数は俺の十倍以上。歌もゲームも雑談も何でもこなす、トップ層の人気Vらしい。
だが俺は、当然、知らなかった。
「……よろしく。タカアキです。俺、Vには疎いから、合わせてもらえると助かる」
素直に言ったつもりだった。だが、空気は一瞬で変わった。
『え、知らないの?』『ミラちゃん相手にそれ言う?』『ちょっと失礼すぎでは』
コメント欄がざわつく。
だが俺は、それに気づかず、さらに追い討ちをかけるように口を滑らせた。
「キャラ作って喋るの、大変そうだよな。俺には無理だわ、そういうの」
……アウトだった。
──コメントが止まり、空気が変わった。
同時視聴していた彼女のファンたちの視線が、一気にこちらへと向いたのがわかった。
V文化への侮辱。そう受け取られたんだろう。
ああ、やっちまった。
配信真っ只中で、Xは燃え上がった。
《タカアキ最低》《空気読め》《こいつVアンチで有名》
俺の名前は、望まぬ形でトレンド入り。
だが、そこへ割り込んだのは、当の彼女だった。
『──えへへ、大丈夫だよ。タカアキさんは“V知らない勢”の代表なんでしょ?なら、わたしがいっぱい教えてあげる!』
配信の最後、彼女は笑顔のまま、そう言ってくれた。
『知らないってことは、これから好きになれるかもしれないってことじゃん?』
──ああ、こいつ、すごい。
キャラを演じてるはずなのに、その声はまるで血が通ってるみたいだった。
数日後、炎上は彼女のおかげで収束した。
俺は謝罪動画を上げ、改めて彼女に感謝のDMを送った。
返ってきたのは、短い一言。
「また一緒にゲームしよっか、斉藤さん」
運営を通じた正式な謝罪の報告をしたから、本名を知っててもおかしくない。
それでも——名前で呼ばれたことが、少しだけ胸に残った。
あの声が、あの笑顔が、ずっと耳に残っている。
それからだ。
俺が、Vtuberという存在を、ちゃんと見ようと思い始めたのは。