【番外編】忘れえぬ思い(5)
「気持ちを興奮させ、昂る香り、ですか……?」
ローテーブルを挟み、対面のソファに座るケイン大公が首を傾げる。ベージュのセットアップが、そのホワイトブロンドによく似合っていた。
「はい、その……そうです。……そう言った香りがあると、喜ぶ男女もいるのではないかと……」
ヴァルドとの一夜を経て、私はケイン大公に新たなる香り付きキャンドルの提案したのだが……。
冷静に考えると、なんという香りの提案しているのかと、恥ずかしくなってしまう。
「あ、やはり今の件は」
「人払いをお願いできますか?」
「?」
今度はアイリス色のドレスを着た私が首を傾げる番だった。
するとケイン大公は、こんなことを言い出した。
「我がブルクセン大公国は島国の小国です。周囲は海に囲まれている。そして大陸は遠い。そのため、造船業がとても発展しているのです。そして大航海を経て、とある未開の大陸に到達しました。そこは我々とはまったく文明のレベルが違っているのですが、少し変わった神事をされているのです」
その神事は少し前世代的。
なぜなら人身御供のようなことが、国の神事として行われているのだ。処女である少女を神に捧げる。しかも底が分からない泉に身投げさせるというのだ。
「でもそんなこと、通常の精神状態では無理なことです。そこで気持ちを昂らせ、興奮状態にさせる香りをかがせ、さらに少量のアルコールも服用させるのだとか。少女はトランス状態となり、自ら泉に飛び込み、その身を神に捧げるそうです」
これにはビックリだが、前世でも似たような話を聞いたことがあった。
「実はその神事で使われる香りの材料を入手しています。ルソン国に香りの研究機関があるので、そこで分析するため、持参していたサンプルがあるのです。ですがこれはとても貴重なものであり、本来門外不出にしています。よってお見せするのはミア皇太子妃だけにしたいのです。一時的に人払いをしていただければ、お見せしましょう」
これは「なるほど」だった。
前世でも香木は高値で取り引きされていたし、秘密にしておきたい……という気持ちはよく分かる。
「分かりました。では一旦、侍女と護衛の騎士は退出させますね」
こうしてリカとコスタには退出してもらい、その香りのサンプルとなるものを見せてもらうことにした。
「こちらです」
ケイン大公は従者に命じ、トランクを持ってこさせると、鍵を開ける。そこから紫色のシルクの布に包まれた、野球ボールサイズぐらいの塊を取り出した。
そして布を広げると……。
現れたのは、少し黄色がかった白い石のような塊だ。
「この状態では匂いはあまり感じられないと思いますが、確認してみますか?」
頷くと布ごとその塊を差し出されたので受け取り、鼻に近づけると……。
かすかに潮の香りを感じ、少しだけ甘い香りもするが、どちらも強い香りではなかった。
「香りを感じるには、粉状にし、温めます」
従者から小型のナイフと小皿を受け取ると、ケイン大公はその表面を削る。
「香炉に入れ、火をつけます」
すると……。
どこか甘く、深みのある香りが広がった。
森と海という相反する香りも混じり合っているように思える。
「香炉を手に持ち、香りをよく吸い込んでみてください」
言われるままに香炉を手に取り、その香りを吸い込むと――。
気持ちが落ち着く。
落ち着くことで、なんともリラックスした気持ちになれる。
「香りは繰り返し嗅ぐことで、徐々にその効果が出てきます」
「とても……気持ちが安らぎます」
「そうですね。この香りはリラックス効果もあるのですが、そこから一段階上がると、気分の高揚を覚えます。さあ、ミア皇太子妃、もう一度、香りを堪能してください」
再度、香炉を鼻に近づけると。
「先程より、甘さが強くなったように思えます。そして……なんというか、繰り返し、香りを嗅ぎたくなります」
「ええ。それが正解です」
正解と言われ、何だか安心し、匂いを楽しむことになる。
安心し、自然と緊張がほぐれ、笑顔になってしまう。そして何とも気分がよくなる。
「遠慮せず、存分に香りを楽しんでください。初めての香り。これまでにない感覚を味わえますよ」
「そうですね……」
繰り返し香りに触れることで、なんだか全身も熱くなっている。
気持ちが大きくなり、なんでもできるような気分に昂ってきていた。
「あっ」
「おっと」
思わず香炉を落としそうになり、ケイン大公が私の手と香炉を支えてくれる。
「テーブルに置きましょうか」「はい」
ケイン大公が香炉を受け取り、テーブルに置いてくれた。
その姿がなんだかグラリと揺れるように見える。
「大丈夫ですか、ミア皇太子妃?」
ケイン大公が隣に移動し、私の体を支える。
「すみません。何だか、体が……ふわふわして」
「これも香りの効果の一つです。ドキドキして、気持ちが高揚していませんか?」
ドクン、ドクンと心臓が高鳴り、気づけば呼吸も浅くなっている。
「どうですか? これでキャンドルを作ったら、気持ちを興奮させ、昂らせることができると思いませんか?」
「はい……。いいと思います」
「本当ですか? ミア皇太子妃が言う、気持ちを興奮させ、昂らせるは、これで終わりではないでしょう?」
これには「!?」となり、気持ちを立て直そうとするが……。
もう力が入らず、くたりとケイン大公にもたれてしまった。
「ミア皇太子妃……」
ケイン大公の声があまりに近くで聞こえ、心臓がドクンと飛び上がりそうだった。
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『私の白い結婚』で笑える番外編1話読み切りを公開しましたー。
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