【番外編】忘れえぬ思い(4)
ケイン大公は遠路はるばる帝国までやってきたのだ。
すぐには帰国とはならない。
そしてブルクセン大公国の大使館は、帝国内にある。だがブルクセン大公国は、小さな島国。大使館はルソン国の大使館の一室を間借りしているため、今回の滞在は宮殿の客間を使っていた。
それが分かると公爵家のマダム達は、私にリクエストする。宮殿でお茶会を開き、そこにケイン大公を呼んで欲しいと。
ケイン大公は、マダム達のお茶会トークに、男性ながらもついていくことができる……だけではない。
こんなアドバイスもできるのだ。
「そうですね。グリーンのエンパイアドレス……。あまりこの色のエンパイアドレスは見かけないので、斬新だと思います。ですが男性の視点から見ると……。マダムの魅力を封じる色にも思えるんです。なんというか、グリーンは森の木々の色を思い起こさせ、気持ちが安らぎます。もし、もっと色味を薄くし、透け感のある素材で作ったドレスであれば……。例えばアクアグリーンであれば、まるで森の女神のように思え、男性も目が釘付けになると思います」
つまりマダム達の話題に男性目線でのアドバイスもできる。
こうなるとマダム達はケイン大公とのおしゃべりが楽しくてならない。
だが彼は大公。
さすがに気軽に自身の屋敷のお茶会へ呼ぶことはできない。
そこで私の出番だ。
宮殿の客間に滞在する賓客をもてなすのは、皇太子妃の役目でもある。ゆえに私がお茶会を主催し、公爵家のマダム達を招待し、そこにケイン大公が顔を出す。無問題だ。礼儀としてもかなったもの。むしろこれぞ正統なおもてなし。
ということで私は公爵家のマダム達に請われ、連日お茶会を開催。そしてケイン大公は嫌な顔を一つせず、参席してくれる。
夜は夜で宮殿で行われる舞踏会や晩餐会にも参加しているのだ。その上で、このマダム達が前のめりのお茶会にもちゃんと参加するなんて……。
すごいと思う。
何より男性でありながら、男性を感じさせないところが、ケイン大公の人気の秘密なのだと思った。前世で言うなら毒舌ではないオネエという感じか。見た目が優美な感じもいいのだろう。
ともかくそんな風にケイン大公と連日会うことで、私もかなり打ち解けていた。お茶会の席にはフロストを連れて行き、ケイン大公にも紹介している。
彼は「なんて可愛らしい……」と目尻を下げ、フロストを絶賛。フロストもケイン大公を見て「おにいさん? おねえさん? きれい~」と喜んでいた。
そんなケイン大公だったので、こんなお誘いを受けると、喜んで足を運んでしまう。
「ミア皇太子妃。実はとてもいい香りのするキャンドルを国より持参しているんです。ただ、マダム達に配れる程の数がなくて……。今、国から取り寄せていますが、私が滞在中に届くかどうか。ミア皇太子妃宛に届けるようにしていますが、まずは持参しているキャンドルをご覧になりませんか?」
「まあ、香りがするキャンドル! ぜひ見て見たいですわ!」
この世界、キャンドルは明かりとして利用されている。前世のように、キャンドルで香りを楽しむ文化はない。だがケイン大公の国、ブルクセン大公国では、アロマキャンドルに類似するものがあるようなのだ。
実際、それを見せてもらい、香りを確かめると……。
「なんだか海のような香りがしますね」
「はい。これは島国であるブルクセン大公国をイメージした、『ブルー・シー・キャンドル』です。こちらは『フォレスト』というキャンドルで、森の香りをイメージして作らせました」
間違いない。これはアロマキャンドルと遜色ない!
「ラベンダーで香りづけしたキャンドルを作れば、眠る前の、ナイトティーを飲みながらの利用シーンを提案できると思います。……きっと貴族が喜んで買ってくれると思います!」
「……! それは想像していない使い道です。ラベンダーの香りのキャンドル……いいですね。本国へ連絡し、作らせるようにします」
ケイン大公はラベンダーの香り付きキャンドルを作ると約束してくれて、さらにもし商品化するなら、私と独占取引を結んでもいいと言ってくれたのだ!
これには嬉しくてその日の夜、ヴァルドに報告することになる。
まずは夕食後、フロストに会いに行き、そこで寝顔を眺めた。毎日の日課であるフロストとの癒しの時間を終えると、自室へ戻った。その後はゆっくり入浴を楽しみ、部屋でナイトティーを用意していると……。
濃紺のガウン姿のヴァルドが、部屋に来てくれた。
「……なるほど。香り付きのキャンドル。しかもラベンダー。確かに夜、ナイトティーと共に楽しめば、リラックスできそうだ」
私からアロマキャンドルの話を聞くと、ヴァルドはラベンダーの香り付きキャンドルに同意してくれる。
「そうですよね! きっと安眠できると思います」
「それに香り付きのキャンドルの独占販売権をミアが持てるのは、大きいな。だがそこは共同開発についても契約を締結してもいいかもしれない。ミアのアイデアを形にすると、さらに商機が広がりそうだ」
さすがヴァルド! 視野が広い!
確かにその方がよさそうだ。
明日、ケイン大公に提案しよう。
「だが、わたしとしては、ラベンダーの香りではない方がいいかもしれない」
ヴァルドは紅茶を飲み干すと、クリーム色のガウンを着た私を抱き寄せる。
「え、ヴァルドはどんな香りが?」
「そうだな。こんな風に、君が興奮してくれる香りがついたキャンドルがいいかもしれない」
いきなりガウンの襟元をぐっと大きくはだけさせると、露わになった谷間へキスをされ、言葉通り私は興奮してしまう。
「もしくは、わたしをもっと昂らせる香りでもいいかもしれない」
ヴァルドの手が私の太ももを滑り、下着へと伸びる。
その時のヴァルドの息遣いは荒くなっており、彼の言う“昂る”の意味はすぐ理解できたが――。
興奮させ、昂らせるような香り。
それがどんなものなのか。
……思考する余裕はない。
既に体は火照り、あちこちにヴァルドの愛を感じている状態。
「ヴァルド……」と甘くささやき、その背中をぎゅっと抱きしめることになった。






















































