【番外編】ピクニック(6/7)
初代皇帝の魔術工房。
そこに張り巡らされている魔術は奇想天外なもの。
初代皇帝の意図通りの動きをしないと、ここから出ることはできないと感じていた。
さらにブラックドックは案内者という役目でも知られている。迷う旅人を正しい方向に導いたり、危険を知らせるのだ。今、私達の前に現れたブラックドックは、どこかへと案内しようとしているように思えた。
「分かった。行こう、ミア」
そこでヴァルドが私の手を取る。
エスコートではなく、手を……恋人つなぎをしていた。
「ヴァルド。私の考えを尊重いただき、ありがとうございます」
「何の礼だ、ミア。わたしは君を信じているし、何かあったら君を守るまでだ。それにもしこの工房で閉じ込められることがあっても……ミアとなら問題ない。もしも一人だったら、何としてでも出たいと思う。だがミアが一緒なら……」
そこでヴァルドが私の手をぎゅっと強く握る。
「いや、でも外でフロストが待っている。必ず戻ろう、ミア」
「ヴァルド……!」
こんな時、前世の映画あるあるで、ヒーローとヒロインはキスをしたり、抱き合ったりするけれど……。そんなことをしている場合ではないのでは!?といつも思っていた。
しかし実際、こんな状況に置かれると……。
頼りがいのあるヴァルドの言葉にキュンとするし、キスしたり抱き合いたいと思ってしまうのだ。
多分、これは不安な心理がもたらす行動原理なのだろう。
ヴァルドのようなヒーローに助けて欲しい、支えて欲しい。キスや抱きしめられることで、安心感を得たという。
「! ブラックドックが立ち止まった」
ヴァルドが私を庇うようにして、ブラックドックと対峙したが。
「これは……」
廊下の真ん中で跪いたヴァルドは「血の痕がある……」となんとも物騒なことを言う。
「ミア、この血の痕はあちらへと続いている」
立ち上がったヴァルドに言われ、血の痕を確認し、目で追うと……。
「物置、だろうか。階段下のスペース」
「そうだと思います」
ヴァルドは扉の取っ手を掴む。
「鍵がかかっているな」
「魔術で開きますか?」
「……確認してみよう」
そこでヴァルドはいくつかの呪文を唱え「なるほど」と頷く。
「この扉には、魔術を跳ね返す魔術が掛けられている」
「なんてややこしいことを」
「物理的な破壊が必要だな」
そこでヴァルドはブラックドッグを見る。
ブラックドッグはまるでお手並み拝見という顔をしていた。
するとヴァルドは「少し離れていろ、ミア」と言うと……。
取っ手の部分を剣の柄頭で何度か殴打。
剣を鞘に収めた後。
思いっきり扉を蹴ることで、勢いよく扉は開いたが――。
「きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げ、ヴァルドに抱きついてしまう。
ヴァルドは自身のマントで私を庇うようにして、物置の中の……白骨化した遺体をじっと見つめる。
「……これは本物だ。しかも相当古い。だがこの指輪は……」
そこでヴァルドが「ミア、大丈夫か?」と尋ねる。
本当はまだヴァルドに抱きついていたかった。
だが幸いなことに、白骨化した遺体と対面となったが、真っ暗な夜中というわけではない。
ホラー映画ではたいがい夜だが、今は違う。
ホラーは得意ではないが、これなら我慢できる……。
「!」
顎をくいとっと持ち上げられたと思ったら、とんでもなく激しいキスをヴァルドからされている!
一気に気持ちと体が、そちらへ向かってしまう。
「ちょっと確認するから、待っていろ、ミア」と告げるヴァルドを、トロンとした瞳で見送ることになる。
つがい婚姻の共鳴で、ヴァルドは私の不安を感知したのだろう。そして今のキスで、その不安と恐怖を払拭してくれたんだ……。
突然のキスの理由は分かっていた。
分かっているが、今のキスで、下腹部がなんだか落ち着かない。
一方のヴァルドは、ハンカチを取り出し、白骨化した遺体の身元を確認できるようなものを探し、そして――。
「ミア……彼は五代目皇帝だ。この工房で姿を消したと言われているが、この紙に真相が書かれている」
白骨化した遺体のそばに落ちている紙には……。
変色しているが、これは……血文字だ。
その血文字で『毒を盛られた。犯人はジョルナンド侯爵。これはわたしへの反逆だ……』と書かれていた。
「この工房の魔術で姿を消したわけではなかったのですね」
「そのようだ。確かに魔術の仕掛けはある。だがそれは、これまで見て分かる通り、子供だましのようなもの。初代皇帝が残したトラップで、人が消えるわけではない」
竈のドラゴンも廊下の暗闇も。魔術を使わずとも解決できるようなものだった。
「どうやら謀殺のため、初代皇帝の工房が悪用されていたようだ。利用されていた。失踪は、初代皇帝が工房に仕掛けた魔術のせい……という噂を誰かが広めたのだろう」
悪知恵が働く人間がいたものだと、唸るしかない。
そしてまるでそれを裏付けるように。次々とその証拠が見つかる。
つまりブラックドックに導かれ、この魔術工房絡みで姿を消したらしい人々が残した痕跡を見つけることになった。ただ、遺体となって発見されたのは、五代目皇帝のみ。それ以外は日記や手紙、手帳などだった。
その日記なり、手帳に書かれていたことは『許されない恋に落ちてしまった。この工房で行方不明になったことにして、僕はマイムと姿を消します。お父様、お母様、さようなら』という駆け落ちを示すものだったり、『身籠った子供共々消すと言われました。相手が既婚者だから許されないと。でも私は生きたい』と工房に身を潜め、どこかへ姿を消したらしい妊婦の手紙など、実に様々。
さらに――。
ブラックドッグは裏口らしき場所に空いた穴から、スーッと姿を消す。
その際、その体は一般的な小型犬のサイズだった。
それを見たヴァルドは「父上の犬が姿を消したと言っていたが……。もしや工房の中に入り込み、でもここから外へ逃げたのかもしれないな」と呟いた。






















































