【番外編】ピクニック(5/7)
シャーツ。
シャーツ。
シャーッ。
次々とカーテンが開かれ、闇に包まれていた廊下に陽が射す。
その瞬間。
闇は払われた。
そう。闇の中に潜んでいた何かも消えている。
「……ミア、これもお菓子の家と関係しているのか?」
ヴァルドの問いに、私は頷くことになる。
「子供が恐れるものは闇。その闇を見て生み出される恐怖心が、化け物を作り上げる。大元の闇を払えば、化け物は消えます。そして闇を払えるものは、光。よってカーテンを開け、陽射しを取り込んだのです」
「なるほどです。いやー、リヴィ団長、お見事な推理! それで殿下。右と左、どちらへ向かわれる?」
「そこまで広い工房ではないはず。どちらから向かおうと、表に出られるように思えるが」
そこでマッドは腕組みをして考え込んだが。
「確か正面からこの建物を見た時、右側に玄関につながる扉が見えませんでしたか、殿下」
「そうだな。ならば右を進めば、その玄関につながると?」
ヴァルドが剣を手にしたまま、廊下の右の先を見る。
「そう思うのですが、どうでしょう。皇太子妃の意見も伺いたく」
「確かに扉はその位置にありました。……私達はこの建物から外へ出たいので、それでよいかと」
「よし。では右へ向かおう」
ヴァルドの言葉を合図に、マッドを先頭に歩き出す。
お菓子の家のような造りなのに。
ドラゴンといい、闇に見えた化け物といい、何が飛び出すか分からない。それらは魔術で生み出されたものであろうが、幻ではなく、そこに実体を伴っていた。
ゆえに次のもしもに備え、剣を手にしたまま進むことになったが……。
廊下の突き当りは行き止まりで、右側にさらに廊下があると思っていた。
だが違う。
廊下はノードになっている。
つまり真っ直ぐに進む廊下と、左右に伸びる廊下がクロスしている、まさに十字路のような状態。
十字路……。
そこで子供が十字路と聞いて思い出すことと言えば……。
ブラックドッグ!
十字路に現れる黒い大きな犬。
それがブラックドッグであり、霊的な存在と考えられている。
その存在は、時に死の象徴と言われ、魂の守護者とされることもあるが……。
いずれであれ、倒せるような存在ではない。
できれば見なかったことにしてやり過ごす。
もしくは関わらないことが推奨される。
このブラックドッグが現れるのかどうか。
それは分からない。
だが初代皇帝が、このお菓子の家の魔術工房に仕掛けた魔術を考えると、ブラックドッグがノードに現れる可能性は十分に考えられた。
そこで私がヴァルドに、この推測をまさに伝えた時。
十字路に達し、先頭を行くマッドは迷うことなく右に曲がった。
その先には玄関の扉があるはずなのだが――。
「「!」」
ヴァルドと私は立ち止まることになる。
目の前に、巨大な黒い影のような犬が現れたのだ。
やはりブラックドッグがいたんだ……!
ここで考えることになる。
ブラックドッグがどんな意味で現れたのか。
子供を怖がらせるためだけに現れたのなら、そのままやり過ごすのが一番だが……。
赤い目をしたブラックドックが、じっとこちらを見る。
でも見ただけで、くるりとこちらに尻尾を向けた。
さらに左へと、建物の奥へと進んで行く。
「どうやら何もせずやり過ごすのが、正解のようだ」
ヴァルドが小声で告げ、そのままマッドが向かった右に行こうとしたが――。
廊下の途中で立ち止まったブラックドッグが、右に曲がろうとしているヴァルドと私をじっと見ている。
なんだか金縛りにでもあったのように、動けなくなってしまう。
「ミア、行こう」
ヴァルドが声を振り絞り、そのおかげで呪縛から放たれたようになり、なんとか体を動かすことができた。
ところが。
低い唸り声が聞こえ、数歩進んだだけで、ヴァルドも私も立ち止まることになる。
玄関の扉が見えていた。
既にマッドの姿はなく、彼は外へ出ることができたのだろう。
ならばヴァルドも私もそれに続くまで――。
そう思うが……。
ブラックドックの唸り声は止まらない。二人でゆっくり、ブラックドックの方を見ると……。
ブラックドックは私達が自身を見たと分かると、廊下をゆったりと歩き出す。
その上で、こちらをチラリと振り返る。
それはまるで――。
「ヴァルド、ブラックドックは死の象徴・魂の守護者以外にも案内者という役目も持っていますよね? 迷う旅人を正しい方向に導いたり、危険を知らせたりする。今、ブラックドックは私達をどこかに案内しようとしている――そう思えませんか?」
「……そう言われるとそうだな。だがこのままこの魔術工房の奥深くへ連れて行かれ、一生出られなくなる可能性もある」
その危険は確かにある。それでも……。
「ブラックドックを倒すことはできません。その存在が霊的なものであるため、物理攻撃は効かない。もしもこのまま外へ続く扉へ向かっても、ブラックドックが追いかけて来る気がします。そしてマッドは外へ出られたかもしれませんが、私達は……出られない気がするんです。この魔術工房は、初代皇帝の意図通りの動きをしないと、解放してくれないように思えます」






















































