【番外編】ピクニック(3/7)
自身の子孫の命をも呑み込んだ、初代皇帝の魔術工房。そこには幾重にも魔術が張り巡らされている。
それだけ聞くと、おどろおどろしい呪いの館のような建物を想像してしまうが……。
目の前に現れたその魔術工房は、イメージとは全く違う。
その様子は……。
「すごーい、じぃじ、まるでお菓子の家だよ!」
「そうじゃな。子供の頃、じぃじも同じことを思った」
壁はジンジャーブレッドクッキーで出来ており、屋根はチョコレートウエハース。窓は飴細工で、ドアはチョコレートバー。装飾でジェリービーンズやマーブルチョコも飾られているといった感じで、今にも甘い香りが漂ってきそうだった。
「じぃじ、あのお家、食べられるの!?」
「あの家はフロストの先祖が建てた魔術工房で、食べることはできない。それに近づくと怖い魔物が出てきて、逆にフロストのことを食べてしまう。だから見ているだけだ。そばには行ってはいけない」
皇帝陛下はそう説明するが、フロストはまだ子供。そして子供にとってこのお菓子の家にしか見えない魔術工房は、とても魅力的に感じられるだろう。
当然、中を見たくなる。
フロストは皇帝陛下を見上げる。
「ダメだ、フロスト。子供の頃、じぃじも見たいと思った。でもな。連れていた犬。ロンは工房に近づき……消えてしまった。二度と帰ってこなかったのだよ。フロストはパパやママ、このじぃじとばぁばと離れ離れにはなりたくないだろう?」
「……うん。分かった」
「ではそろそろ戻ろうか」
フロストはお利口さん。本当はこのお菓子の家に興味津々だが、我慢して皇帝陛下と手をつなぎ、元来た道を戻ろうとした。
だが。
それはまさに春の風のいたずら。
この季節、時折温かく強い風が、帝都の中を吹き抜ける。
「あっ」「「あっ」」
フロストの被っていた帽子がその強い風で吹き飛んでしまう。
こんな時。
運動神経がいい人間は、体が咄嗟に動いてしまう。
ヴァルド、ソードマスターのマッド、そして私が帽子を取ろうと動いたが――。
お菓子の家に近づくのは禁止。
家の周りには丁度柵があるので、そこを越えないように。それが暗黙の了解だった。
でもみんな、その柵よりうんと手前にいたのに。
強風に飛ばされた帽子を取ろうとして、そして……。
「!」
ヴァルドが帽子を掴み、事なきを得たと思った。
だが――。
「な、どういうことだ!?」
マッドの声に周囲を見て、愕然とする。
丸太のテーブルと椅子は、チョコレートコーディングされたクッキー。窓ガラスは飴細工。クッションはマシュマロ……って。
「お菓子の家の中にいるわ!?」
「正確には初代皇帝の魔術工房の中に入り込んでしまったようだ」
ヴァルドは冷静な声でそう言うと、ため息をつく。
「帽子を魔術で捕まえることも考えた。だが備蓄倉庫の扉のこともある。魔術を使えば、反応するかもしれないと、手で掴んだが……。柵は越えていないのに、まさか魔術が発動してしまうとは……。わたしの祖先は、余程この工房に過敏だったようだ」
「魔術工房に誰かが来るのを拒むなら、どうして中に入れたのでしょう……?」
「そりゃあ皇太子妃、罰、じゃないですか? 勝手に近づいたお仕置きが、これから始まるのかもしれません」
マッドはそう言うが、お仕置き。
マシュマロやチョコレートの甘い香りがして、実にメルヘン。お仕置きなんて雰囲気の真逆の世界に思えたが……。
「何か音がする……」
ヴァルドの声に耳を澄ます。
ゴゴゴゴゴッ……と地響きのような音が聞こえる。
「陛下!」
マッドが叫び、ヴァルドが腰に帯びていた剣を抜く。
その瞬間。
穏やかに燃えていた竈の火が、勢いよく吹き上がったと思ったら……。
「な……ドラゴン!?」
私が驚愕の声を上げると同時に、炎の姿のドラゴンが、その大きな口を開ける。そして口から火を噴きながら、ドラゴンが襲い掛かって来た。
「Acqua, spegni le fiamme」
ヴァルドが呪文を詠唱し、マッドが剣を振るう。
ドラゴンが吹き出す炎が、ヴァルドの魔術の水で鎮火される。
マッドはドラゴンの首を狙い、動く。
丸腰の私は仕方なく二人の後ろへ退避し、邪魔にならないようにしながら、周囲に目を走らせる。
何か、武器になるものはない!?
そこで乾燥したトウモロコシの実が、山盛りになっているボウルを見つけた。
そこはもう直感。
ここがお菓子の家を模した工房なら、これで倒せる気がしたのだ。
ドラゴンが再びを火を吐き、ヴァルドが呪文を唱える。
マッドが剣を振り下ろす前に「待って!」と叫ぶ。
大口を開けたドラゴンの口に目掛け、トウモロコシの実が入ったボウルを投げ込んだ。






















































