【番外編】ピクニック(1/7)
ノースクリスタル帝国の長い冬が終わり、ついに春が訪れた。
日中の気温が上がる日が続き、森や川などに残っていた雪もすっかり解け、あちこちで春の息吹が感じられる。
春を待ちわび渡って来た鳥。
冬眠から目覚めた動物。
咲き誇る花々。美しい花のそばを舞う蝶。
春らしい柔らかな陽射しと温かい風。
「マァマ、つぎのおやすみ、ピクニックにいこう!」
フロストの素敵な提案。
それを聞いたのはヴァルドと私だけではない。
皇帝陛下夫妻も聞いていた。
そう。
フロストはこの春から朝食をダイニングルームで皆と摂るようになったのだ。
まだ補助椅子に座っているし、食べる料理は大人と同じではない。乳母のサポートを受けながらではあるが、これで家族が全員揃い、食事となるわけだが……。
毎朝の主役は、フロストであることに間違いなく、皇帝陛下夫妻は朝からとても機嫌がいい。
そしてその朝食の席で、フロストがピクニックに行こうと口にすると……。
「よし。そうしよう。日曜の礼拝の後、午後の式典までは時間があったはず。皆でピクニックに行くぞ。侍従長。宮廷料理人に最高級の食材を用意させ、フロストの初めてのピクニックに相応しい昼食を準備するよう、伝えなさい」
「かしこまりました。皇帝陛下」
こうして次の日曜日は、皇帝陛下夫妻と親子三人で、宮殿の敷地内にある森でピクニックをすることになった。
◇
宮殿の敷地内にある森というが、それはとても広大だ。
帝国は林業が盛んであり、森が多い。
帝都自体も元々は森であり、そこを開墾し、街として整備している。堅牢な石造りの建物が多いが、自然を愛する気持ちも強く、部分的に森が残されていた。
そして宮殿の敷地内にある森も、そこに初代皇帝が魔術工房を建てていたため、その工房を中心に森が広範囲で残されることになったのだ。
「では森へ向かおうか」
春爛漫の日曜日。
穏やかな晴れの日で、気温は上昇を続けており、冬の寒さは既に感じられない。
アーモンドの花色を思わせるドレスを着た私は、リヴィ団長の時とは違う。ちゃんと上品に馬には横乗りをしている。そしてその私の膝にフロストを乗せ、ヴァルドはすぐそばを騎乗で進んでいた。
春ではあるが、既に陽射しは強い。じぃじこと皇帝陛下にプレゼントされた帽子を被ったフロストは「わあ、おはなのいいかおりがする!」「ぼくのうしろにたくさんのうまがつづいているよ」と大いにはいしゃいでいる。
私はそんな様子のフロストを眺めつつ、すぐそばにいるヴァルドについ見惚れてしまう。
パールホワイトの乗馬服にアイスブルーのマント。そして黒のロングブーツという姿で、背筋をピンと伸ばし、騎乗しているヴァルド。戦場で見る度に、騎乗する姿がとても凛々しいと思っていたが……。
改めてこう見ると、やはりカッコいいのだ!
体幹を鍛えていると、姿勢が美しく、何をしても様になる。
惚れ惚れするそのヴァルドに、昨晩も抱かれていたことを思い出すと……。
体の芯が熱くなり、じわりと反応しそうになってしまう。
「フロスト、あそこを見てご覧。沢山のモンシロチョウがいるぞ」
マントと同色のアイスブルーの髪を春風に揺らしたヴァルドがこちらを見る。
皇族特有のアイリス色の瞳が陽射しを受け、宝石のように煌めく。
見た目の若々しさは、十代後半のヴァルドだが、フロストという息子がいる皇太子。
クールな見た目とは違い、フロストのことも可愛がり、良きパパでもある。それでいて魔術も完璧で、剣神と呼ばれ、政治力もあるのだ。
この世界で最も気高く、比類なき素晴らしさを持つヴァルドが私の最愛であり、夫であるなんて。
夢みたいだった。
特に二年前の出来事を思い出しても、今の幸せが現実とは思えない。
感動で胸が震えた瞬間。
「マァマ、とってもしあわせ?」
フロストがヴァルドそっくりの瞳で私を見上げる。
つがい婚姻による共鳴をフロストが感じたようだ。
「ええ、ママは幸せよ。フロストがいて、パパがいる。それに優しいおじいちゃんとおばあちゃんもいるでしょう。マリアーレ王国にも家族がいて、みんな私達を愛してくれているのよ。それはとっても嬉しいことよね」
「うん。ぼくもマァマがよろこんでいると、うれしくなる!」
「フロスト……」
その愛らしさにベビーブルーのローブを着たフロストをぎゅっと抱きしめてしまう。
「フロスト、森がもうすぐそこじゃ。馬から降りて、おじいちゃんと歩くか?」
皇帝陛下の声にフロストは「いいよ! じぃじとあるく~!」と元気よく応じる。
目前に若葉を茂らせた木々が見えて来ていた。






















































