仲間は敵
サンレモニアの村は、向かうには危険が伴う。森の奥深くにあると言われているし、先日の猪は勿論、日中はクマやキツネもうろつくし、スズメバチもいれば、毒性のある草花も生えているからだ。
だが私は数多の戦場を経験し、野営をしたこともあり、その辺りの知識が豊富だった。ゆえに問題なく、サンレモニアの村を目指せると思うのだ。
唯一の問題は……自分の仲間を回避しなければならないこと。
サンレモニアの森に隠れている避難民の救出作業を、ノルディクスやコスタ達、マリアーレクラウン騎士団が行っているのだ。
仲間のはずが、逃亡者になる私には、敵となってしまう。父親……国王が命じれば、ノルディクス達は私を捕らえるしかなくなる。
それは彼らにとっても辛い経験になってしまう。
そうならないように。
彼らが駐留している場所を避け、サンレモニアの村を目指す必要がある。
そうなると……。
それこそリスキーであるが、迂回し、ノースクリスタル帝国を経由する必要があった。
でもここは背に腹は代えられぬ、だ。
ということで逃亡の決行は、明朝にした。夜にこそこそするのは100%怪しまれてしまう。逆に夜が明けるくらいの時間だと、夜勤の兵士は疲れている。そうではない者は、まだ寝ているか、ようやく起き出したぐらい。注意力は散漫だ。
逃げる素振りは見せず、私は明朝まで時間をやり過ごした。
そして遂に朝を迎える。
私は毎朝、剣術と乗馬の訓練をしていた。よって元々朝が早い。私に合わせた侍女のリカも、毎朝部屋に来てくれていた。身支度を手伝うためだ。
「王女様、おはようございます!」
早朝なので、手伝いで私の部屋に来るのはリカ一人だった。
申し訳ないと思いつつ、黒のワンピースに白エプロン姿のリカを気絶させる。さらに心の中で「本当にごめんね、リカ」と詫び、着ている服を脱がした。代わりに私がいつも着用している寝間着を着せる。そしてベッドへと寝かせたのだ。
リカは私と同じ、金髪の碧眼。背格好も似ていた。ベッドに横になり、背をこちらへ向けていれば……。
皆、私だと思うだろう。髪のウェーブとストレートの違いはある。だがそれもベッドで寝ているのだから、乱れている……と思われるだけで、疑われないはず。
こうして私は、白シャツに黒ズボンの上に、メイド服を重ね着。
リカになりすました。
父親の指示で、見張りはついているはず。だが室内までは、さすがに監視されていない。着替えもするのだから。部屋から出て、誰かに声をかけられなければ……クリアだ。そしてこんな早朝、動いているのは厨房くらい。声を掛ける者はいないと思うが……。
部屋を出ると、念のためだ。
扉の前で演技をした。
「王女様ったら、月のものだったのですね。それなら今朝の訓練はお休みだわ」
リカの声音を真似してそう言うと、ゆったりと歩き出す。
これでリカが部屋を出て、王女が出てこなくても。見張りには怪しまれないで済む。
結局、前世のように防犯カメラがあるわけでもない。AIもないわけで。騙す相手は人。人は見た目に騙されやすい。こんな猿芝居でも案外うまく行くのだ。
それに私は、連日の『夜の儀』にまつわる一連のあれやこれやにも、ちゃんと取り組んでいる。逃げ出す素振りは一切見せていない。
つまり見張りはついているが、「逃げ出さないだろう」が前提なのだ。これが見張るではなく、監視だと話は変わって来る。「絶対に、逃げ出そうとする」という前提で見られては、バレる危険もあった。でもそうではないのだから、大丈夫。
そう考え、廊下を進み、ランドリールームに到着した。
さすがにこの時間は誰もいない。
念のため、落とし物をしたふりをして、廊下を確認する。
見張りの気配はなかった。
よし。行ける!
すぐにメイド服を脱ぎ、髪をひっつめにし、かつらを被る。ダークブラウンの短髪のかつらに、さらに髭までつければ、男装完成だ。普段から男装をしているので、動きもちゃんと男らしくできる。
こうして私は、使用人専用の通用門へと向かう。
夜勤明けの従者の一人のふりをして。