最終的な私の結論。
翌日から私の日常は、これまでと一転する。
早朝、剣術と馬術の訓練をすることは許されていた。だが日中は座学。
何を学ぶのか。
それは前世で言うなら、保健体育で習いそうなこと。さらに『夜の儀』に書かれていることを、レクチャーしてもらった感じだ。
この世界では、こんなにもこの件について、真面目に学ぶのか。
驚愕するばかりだ。
しかも娼婦まで招かれ、より実践的な話まで聞かされることになった。それは正直、娼婦が相手にした男性が、どんなことをされると喜ぶのか。まさに体験談を聞くようなものであり……。
三日もすると、私は自分が『夜の儀』に関し、完全な耳年増になったことを実感する。
座学が終わった翌日、四日目からは『夜の儀』に合わせたネグリジェ、下着、香水などを選ぶことになる。いろいろ試着し、最も殿方の心を溶かす一着を選ぶというわけだが……。
正直、恥ずかしくて、恥ずかしくて、試着しても、誰にも見せたくないという状態。
五日目はどうやら『夜の儀』で使うであろう筋肉をほぐすためのストレッチ、脱毛、産毛などの処理と、これはまるで前世のブライダルエステを受けているようだった。
こうして残り二日となった時。
明確に無理だ、と思った。
好敵手だったヴァルドと、あんなことやこんなことをする自分が想像できない。それにヴァルドが私とそんなことをして、恍惚とする表情なんて……これっぽっちも思い浮かばない。
しかもあのヴァルドに、透け透けのネグリジェ姿を披露するなんて! きっと驚愕し、あの皇族特有のアイリス色の瞳に、嫌悪を浮かべると思った。
最終的な私の結論。
それは逃げよう、だった。
これまで国のため、身を粉にして戦ってきた。十分に貢献したと思う。だがさすがにヴァルドの純潔を奪うことはできない。
戦争は終結している。皇后を送り込むようなことをすれば、緊張状態が続いてしまう。たとえ戦争にならなくても。それに長期的に考えても遺恨になるだけだ。マリアーレ王国は、帝国に一生恨まれる。
だがこの考えを父親に話したところで、受け入れてはもらえない。それに残り二日。父親はもうやる気満々だ。こうなると勘当されること覚悟で逃走するしかない。
マリアーレ王国は、南に海、北に森、東にルソン国、西に湖という場所にあった。逃亡を企てる場合、手っ取り早いのは、ルソン国に逃げ込むことだ。
中立国のルソン国は、基本的に来るものを拒まない。ルソン国に入り、そこから別の国に逃げる。これが王道の逃亡手段だが……。
安易なそのルートで逃亡すると、父親は考えないはず。
そうなるとブラフとして、南のメデタリアン海に向かったと思わせる。さらに船に乗り込んだと思わせるのがいいだろう。
メデタリアン海に面した港町には、沢山の船が出入りしている。客船もあれば貨物船もあり、船の往来は盛んだ。
そこで私は人を密かに手配し、男装した私――つまりはマリアーレクラウン騎士団の団長リヴィに見える人物を、メデタリアン海に面した港町で、泳がせることにした。その上で東方へ向かう船に乗るよう、指示を出す。
同時に。
前世感覚でへそくりをしていた金貨や宝石を取り出し、簡単な荷造りと身辺整理をした。
元々戦場にばかり出ていたので、荷物を必要最低限にするのは得意だった。王女という身分でありながら、騎士団の団長を経験したことで、身一つで生きて行くことができるのが、幸いだったかもしれない。
そう。ブラフで、船で旅立ったと思わせる。
だが実際は、サンレモニアの森の中にある、どんな者でも受け入れるユートピアのような村――サンレモニアの村を目指すことにしたのだ。