それはもう過去のこと
「ミア。これは偶然だろうと思う。でも君は……彼女と名前が一緒なんだ。名前が似ているせいか、雰囲気が彼女に似ているように思えてしまう」
これにはギクリだ。
全くバレていないと思ったのに。
雰囲気!?
そんなものでバレそうになっているなんて。
「彼女に雰囲気が似ていることから、なんというか自然と……。すまない。勝手に親近感を覚えてしまった。そのせいで帝国に戻る件も……君だけに話したのだろう」
「大丈夫です。気にしないでください。まさか名前と雰囲気が似ているなんて。そんなこともあるのですね」
そう言いながら、私は聞くか聞かないかを迷っている。
その彼女は今、どうしているのかを。
尋ねてもおかしくないと思う。
それにその答えで、ヴァルドがあの夜を経て、私をどう思っているのかを知ることができると思ったのだ。
でも、もしもネガティブな反応をされたら……。
「彼女とは剣術について話したいと思っていた。でも……姿を消してしまった」
まさかヴァルドから話してくれるなんて!
「どうして姿を消してしまったのですか?」
「それは……いろいろあったからな」
ヴァルドの頬や耳、首筋が赤くなっている気がする……!
これには私も赤くなってしまう。
これ以上話すと何かボロがでそうだった。
そこでわざとらしくはなるが、欠伸をした。
「すまないな。手短に終えると言っていたのに」
「い、いえ。私こそ、堂々と欠伸をしてしまい、失礼しました」
「もう、休もう」
「はい」
ヴァルドの部屋は一階、私の部屋は二階。
階段のところでお別れになる。
おやすみなさいを伝えあい、私は階段に足をかけた状態で、振り返る。
「あの、殿下。さっきの彼女と会う機会があれば、会いたいと思いますか?」
「勿論、会いたい」
「そうですか。ありがとうございます」
落ち着いてそう返事をしたが、もう心臓は高鳴って仕方ない。
部屋の前、扉の前に着くまで。
ポジティブな意味で、ヴァルドが私に会いたいと思ってくれている。
そう考えていたが――。
もしかして恨みを晴らすために「会いたい」と言った可能性は……ゼロではない!
結局、ヴァルドの真意は分からなかった。
でも彼はこの翌日、帝国へ戻った。
◇
ヴァルドが去り、しばらくフロストは泣く回数が増えてしまう。これには私もそうだが、ニージェも困ってしまった。だが私達以上に困惑し、フロストをあやしているのは……ソルレンだ。
夜泣きが増えたと知ると、自身が翌日休みの時は、自室にベビーベッドを持ち込む。そしてフロストの面倒を見てくれたのだ。これは翌日、戦士の役割に出る私への配慮だった。
もうその姿は、本物の父親のように思える。
ソルレンと私は本当に一切、色恋沙汰がなかった。だが父親と母親としては、完璧に機能している。これは実に不思議な経験。自分の子供でもないのに、ましてや愛する女性の連れ子というわけでもないのに。なぜそこまで献身的になれるのか。一度ソルレンに尋ねたことがある。その答えは……。
「自分がここまで子供好きだという自覚が、あったわけではないのですが……。何というのでしょうか。フロストの笑顔がご褒美に思えて、頑張ろうと思えてしまうのです」
フロストの笑顔がご褒美に思うなんて!
ソルレンは元騎士だと思う。
だがもし前世にいたら、良い父親にもなれるし、保育士にもなれる気がした。
結局フロストが泣き虫になったおかげで忙しくなり、しばらくはヴァルドが去ったことを悲しむ暇はなかった。だがフロストの泣き虫が収まった頃、遅れて私はヴァルド・ロスになっている。
ヴァルドが使っていた一階の部屋は、元々ソルレンが使用していた。よってヴァルドが去り、ソルレンは二階の客間から元の部屋へ戻った。ゆえにヴァルドがいた部屋が空っぽで、寂寥感を覚える……ということはなかった。代わりに感じたのは……。
カチャッと音がして、その部屋から誰か出てくると気づいた時。
そこから出てくるのは、ヴァルドと期待して見てしまう。
でも彼ではなく、ソルレンだと分かった瞬間。
空っぽの部屋とはまた違う、残念な気持ちがこみ上げる。
例えばそこが、空っぽの部屋のままなら。そこで時が止まる。本当はヴァルドがいた部屋だ。今は主不在になってしまった。でもいつか戻るかもしれない。寂しい気持ちにはなるが、淡い期待も残る。
だがその部屋を、別の誰かが普通に使っている状態になると……。
ヴァルドがいたのは過去のこと。
その部屋には新たな住人がいるのだ。
時は流れ、前進している。
ヴァルドの存在が上書きされ、消されてしまった。
そんな事実を突きつけられているようで、言い知れない悲しさを感じてしまう。
だが、そんな悲しみにひたっている場合ではない事件が起きた。
お読みいただき、ありがとうございます!
第二部完結です~
第三部もよろしくお願いいたします!!






















































