最強
翌日。
「ではソルレン様、ミア様、アルク様。今日はよろしくお願いします」
ハナの父親アクセルが、ペコリと頭を下げた。
厚手の黒のコートに、頭は髪色と同じ黒の毛皮の帽子。つぶらな黒い瞳、鼻の下のふさふさの髭、赤い頬と、見るからにいい人オーラが漂うお父さんだ。
その隣に立つ母親メリーは、ハナと同じバターブロンドの髪を三つ編みにして、ウールの帽子をかぶっている。そしてキルティングの厚手の紫のコートを着ていた。瞳はハナと同じ琥珀色。
ハナは、母親と色違いのピンクのコートに、同色の毛糸の帽子を被っていた。
三人のそばには、パン屋のピーターの飼い犬のピピがいる。
ビーシダールにさらわれた私を見つけてくれた優秀なピピは、村のヒーロー。今日のような外出では、みんなのお供として同行することが増えていた。
同行と言えば。
アルク……ヴァルドが同行している。
金髪碧眼のヴァルドは、目にも鮮やかなシアン色のコートを着ているのだが、それはもう頭にちょこんと王冠を乗せたくなるかっこよさ。ハナの瞳はずっとハートになっている。
なぜ怪我を負っているヴァルドが同行することになったのか。
それはこんな経緯だった。
ミーチル村長の護衛を終え、帰宅したあの日の夜。
夕食の席で、ビバーナム・ティヌスを採取するため、森へ行くことを報告したのだ。ヴァルドとニージェに。
「……ビバーナム・ティヌス。それは帝国では見たことがない植物だ」
白いセーターを着たヴァルドは、イノシシ肉のシチューを口に運びながら、ゆったりとそう言った。
「え、そうなのですか!?」
ヴァルドの言葉に、私は驚いていた。なぜならビバーナム・ティヌスは、マリアーレ王国では割とポピュラーだったからだ。しかも暑さにも寒さにも強い。ノースクリスタル帝国でも、てっきり見られると思っていたのだ。チラリとソルレンを見ると、彼は視線を伏せ「そう言われると、見た記憶がないです」と、独り言のように呟いている。
そうなると……「そうなんだ」と思うしかない。
「……わたしも同行したい」
さらなるヴァルドの発言に、私は目を丸くして答えることになる。
「!? よくなったとはいえ、まだ薬を塗り、完治していないですよね!? 我が家でも飾り用にもらい受けるので、それを」
「でもあのサファイアのような実を、雪の中で発見した時の感動。あれはひとしおですよね。それは実際に自然の中に身を置かないと、味わえないと思います!」
料理を給仕しながら、いつものメイド服姿のニージェがそんなことを言うので、私はソルレンを見る。
「でも雪が既に積もっています。滑ったり、足を取られたりで、森は危険ですよね!? そうですよね、ソルレン!」
ソルレンは黒パンをちぎりながら答える。
「先頭を我々が行き、後ろに殿下が続けば問題ないのでは。ちゃんと踏みしめられた道を歩くことになる。殿下はほとんど外出せず、出ても庭園の散歩が中心。いくら冬は外出が減るといっても、皆、村の中をウロウロしている。だが殿下は、この家の敷地内のみ。たまにはいいのではないか」
これは……皇太子であるヴァルドへの配慮……忖度ね。
ソルレンとニージェは、共にノースクリスタル帝国出身。
皇太子の希望を叶えたいと思って当然だった。
「でも」「大丈夫だ。わたしは魔術も使える。足手まといにはならない」
力強い声だった。
透明感のある美しい声なのに、凛として、圧倒される。そして「魔術を使える」の一言は、水戸黄門の印籠みたいなもの。これを言われたら、反論は難しい。
こうしてヴァルドも同行することになったのだ。
「ワン、ワン!」
元気のいいピピの声に、意識を今に戻す。
ハナの両親が営むグリーンショップで待ち合わせし、森の入口まで移動した。いよいよ森の中に入るということで、ピピが合図してくれたのだ。
ピピを先頭に、ハナの父親アクセル、母親メリー、ハナ、私、ヴァルド、ソルレンと続いた。私とソルレンは任務というわけではないが、護衛を兼ねている。よってチャコールグレーの厚手のコートに毛皮の帽子、黒のズボンと、戦士の時の装いをしていた。
ということでしばらく森の中を進むと……。
バサバサと鳥が羽ばたく音が聞こえたと思ったら、木に積もっていた雪が、前を行くメリーの頭上に落下してきたのだ。
だが……。
背後でヴァルドが魔術を詠唱する声が聞こえたと思ったら。
落下していた雪は、突然の強風で横へと吹き飛ばされていく。
母親の真後ろを歩くハナは、何が起きたか気づいていない。これに気づいたのは、周囲を警戒している私とソルレンだけだろう。
チラリと後ろを振り返ると、何事もなかったという表情のヴァルドと目が合った。
その後もこんな感じの繰り返し。
枝から落ちる雪は、すべてヴァルドの魔術で排除されている。いつもだったら誰かしらの頭に雪が直撃するのだが、それもない。
遠くで獣の気配を察知したヴァルドが、魔術を発動する。すると獣はものすごい勢いで逃げていく。もしかすると幻影魔術で、天敵の姿でも見せたのかもしれない。
怪我をしているヴァルドが同行するのはいかがなものかという考えを、私は改めることになる。
怪我をしていても魔術を使えるヴァルドは……雪の森でも最強だった。






















































