皆、ハッピーエンド!?
ヴァルドの純潔を奪えば、再び戦になると私が言うと、父親はそれを否定する。
「あらゆる手を尽くし、『手を出したのは、皇太子ヴァルドである』という状況を作るからな。それにこの世界、女から男にまたがるなんて、娼婦ぐらいだ。一国の王女がそんなことをするわけがない。ミア、お前はヴァルドに無理矢理初めてを奪われた、悲劇の王女を演じればいいのだ。お前が嘘をついているなんて誰も思わない。それがこの世界の常識だからな」
この世界の貞操観念では、女が男を襲うなど前代未聞。父親の言う通り、そんなことをするのは、娼婦というのが常識だった。しかも私が第一王女という立場なら、なおのこと信じてもらえるだろう。何しろ私が戦場に出ていることを知る者は、限られている。対外的にも、国内向けにも、第一王女は大変おしとやかで、まさに深窓の姫君。王宮深くに籠り、めったに表に出ない――なのだ。
その私がヴァルドの純潔を奪う……現場を目撃でもしない限り、信じてもらえないだろう。
それに父親が、あらゆる手を尽くすというのなら。作り出すのだと思った。私が無理矢理、純潔を奪われたと、皆が信じるような状況を。
「何よりこの重要な役目を果たせるのは、ミアしかいない。それは分かっておろう? 双子の妹達は、まだ六歳なのだから」
「で、ですが……!」
「明日から教師もつける。『夜の儀』のあれやこれやを学ぶがいい」
この後、いろいろと理由をつけ、ヴァルドの純潔を奪う作戦を回避しようとした。だが父親は、私の言うことをすべて論破し、反論を受け付けない。
しかも――。
「これは極秘事案だ。この計画を知るのは、わしとミア、限られた人間のみ。王太子や王妃でさえ知らぬこと。計画が漏れれば、それこそ大変なことになる。口外は不要だ。では部屋に戻れ」
こうなると誰かに相談することもできなくなる。
でも明日から『夜の儀』について私が学べば、使用人たちが変に思うのではと思ったら……。
「ミアの婚約者候補選びが始まっていると、既に情報を流している。一応、筆頭候補はノルディクスだ。奴は公爵家の次男。そしてお前について戦場に出ていたから、婚約者もいない。リアリティがあるだろう?」
「!? な、父上、ヒドイです! ノルディクスは忠臣なのですよ! 王家に忠誠を誓い、立派な騎士道精神の元、戦場を生きた英雄です。それなのにそんな、カモフラージュのためにその名を使うなんて!」
「一時のことよ。お前はヴァルドのところへ嫁ぐことになるのだから。むしろ第一候補になっておきながら、ヴァルドのせいでお前と結ばれなかったノルディクスには、同情が集まるだろう。悲劇の英雄としてな。ノルディクスには良き縁談話がごまんと集まるだろう。勿論ミアが嫁いだ後、ノルディクスには、マリアーレクラウン騎士団の団長を任せる。ノルディクスは何も知らないだろうが、気づけば昇進し、素敵な婚約者も見つかるのだ。皆、ハッピーエンドではないか」
皆、ハッピーエンド!?
そんなわけがないと思う。再び抗議をしようとしたが、父親の近衛騎士が入ってきた。私は半ば無理矢理、執務室から追い出されてしまった。
仕方なく自室へ戻りながら、どうにかできないかと考えたが……。
気配を感じる。
そこですぐに悟った。
父親は自身の突拍子のない提案に、私が反発することも想定していたと。もしかすると私が「ヴァルドの純潔を奪うなんて、無理だ!」と逃走することも考えたのでは?
考えたのだろう。だからこそ……。
回廊を進みながら、チラリと柱を見る。
スッと柱の影に隠れる人物がいた。
間違いない。見張りがつけられている……。
父親は……この荒唐無稽な計画を、絶対に遂行するつもりなんだ。
ヴァルドは、戦場でまみえるだけの相手だったが、まさに宿敵であるが好敵手。その実力は素晴らしく、敵でなければ友となり、剣術を共に極めたいと思った相手でもある。
何より、彼が率いる帝国軍は、礼儀正しかった。
倒した敵を冒涜するようなことをしない。女子供や武器を持たない平民は、手に掛けなかった。むやみに火を放ったり、強奪したりはしない。その礼儀正しさは、ヴァルドが指導した賜物だと思う。
そんな高潔な精神を持つヴァルドの純潔を奪うなんて……!