永遠の平行線
政治的なことや彼の皇太子という立場を一切考えず、ここにいてくれたら……。
フロストの成長を、共に見守ることができる。
だた、ヴァルドとは永遠の平行線だ。
だって私はソルレンと結婚している。既婚者。
こうやって距離の近さにドキドキできても、その先は望めない。
それにフロストがヴァルドの息子であること。
打ち明けることはできない。
まさかここでようやく悟ることになるなんて。
ヴァルドはここにいても、幸せにはなれない。親子のフリをする私とソルレン、そして自分の子供とは思っていないフロストの成長を、ただ見守るだけだ。
それはとても幸せとは言い難い。
「この場所は、怪我をしたアルクが傷を癒すために滞在する分には、丁度いいと思います。今は完全に雪に閉ざされた陸の孤島です。余所者は、獣がたまに顔を出すぐらい。ですがヴァルド皇太子殿下であるならば、ここに長居は不要。あなたは求められ、果たすべき責務があるはずです。ここではない場所で」
「……つれないな」
私の顎から手をはなしたヴァルドは。
一瞬、捨てられた子犬のような寂しそうな目をするので、ドキッとしてしまう。
「だがミア、君の言う通りだ。アルクとしては、ここにいつまでもいたい気持ちがある。ここは……穏やかな陽だまりの中のようで、とても心地がいい……。だがヴァルドとしては、ここにずっといるわけにはいかない。何よりここにずっと隠れていては、敵の思うつぼだ」
ここにずっといるべきではない、一緒にいるべきではないと分かっている。
でもヴァルドから改めて「ここにはいられない」と言われると……。
「ミア。君にはとても世話になったと思っている。春になったらわたしはこの村を出るが、今度は君が帝国へ来ないか? フロストも連れて」
「えっ……」
思いがけない提案をされ、トクトクと心臓が、喜びの反応を示している。
「夏の帝国は、永久凍土がある場所とは思えない程、緑豊かになる。日も長くなり、日没は二十一時。短い夏でも存分に満喫できる。そしてオーロラ。オーロラと言えば、冬のイメージがあるだろう? でも帝国では北部に行くと、夏でもオーロラが見える」
「そうなのですか! 知らなかったです」
「帝国は観光大国ではない。帝国に住む人間でも、知らない者は知らない情報だ。ただ、これにはからくりがある。夏と言っても帝国の北部は、八月下旬になると紅葉がスタートする。極寒の中ではなく、十五度程度の気温の中で、オーロラが見られるということだ」
オーロラなんて、前世でも今生でも見たことがなかった。せっかくなら見てみたいと思ってしまう。それに帝国へ招待してもらえるなんて……。
「君は理由があり、この村にいる。でも心配する必要はない。わたしがついている。何も恐れず、帝国の地へ足を踏み入れることができると、わたしが保証する」
「あ、ありがとうございます! オーロラ、見てみたいです。紅葉とオーロラ。その両方を楽しめるなんて、聞いたことがありません。ぜひフロストとふたっ……ソ、ソルレン……夫と、あ、あとニージェを連れ、お邪魔したいですっ!」
うっかり、フロストと二人でお邪魔したいです!と言いかけてしまった。
あぶない、あぶない。
心の中で「セーフ」と思う私に対し、ヴァルドはなぜだかクスクス笑っている。
こんな風にヴァルドが笑うなんて。
な、何かしら!?
私、何か変なこと、言った……?
「ミア」
「はい」
「ソルレンの件、もう無理する必要はない」
「え……」
思いがけない言葉を投げかけられ、キョトンとしてしまう。
「さっきも言った通り。君は理由があり、この村にいるのだろう? そしてフロストはソルレンとの子供ではない。カモフラージュのため、夫婦を演じている……正解では?」
「ど、どうしてそれを! まさかソルレンが話したのですか? それともミーチル村長が話したのでは……」
「違う。君の周りにいる人達は、皆、口が堅い。君が秘密にしたいと思うことを、ベラベラ話すようなことはしないと思う。……申し訳ないな。鎌を掛けただけだ」
これには「しまった」と思うが、もう遅い。
戦場から遠ざかった年数は、ヴァルドも私も同じ。
だが私は王女の役割を放棄し、この村に逃げ込んだ。親切な村人に囲まれ、この約二年間を生きてしまった。村人は性善説で生きている。夫婦の演技をしているのでは?と、疑いの前提でソルレンと私を見ることはなかった。駆け引きや鎌を掛ける必要なんてなかったから、つい油断した。
怪我を負って、療養中ではあるが、相手はあのヴァルドなのだ。聡明で、勘も鋭い。私とソルレンの関係性くらい、観察していれば……。あっさり分かってしまう。何しろ父親と母親としては、ソルレンと私は完璧だった。
しかし、夫婦としては……。
一度ヴァルドが「新婚なのに」という発言をした時、なぜ気づかなかったのか。もし気づいていれば、夫婦と見えるよう、工夫したのに……!






















































